fc2ブログ

門田博光さん

南海ホークスという球団が遠くになりにけり。と感じます・・・。

引用

門田博光さん死去 歴代3位567本塁打「不惑の2冠王」88年44発125打点で最年長40歳MVP

 南海、オリックス、ダイエーでプロ野球歴代3位の通算567本塁打を放った門田博光(かどた・ひろみつ)さんが死去したことが24日、分かった。74歳だった。死因は明らかになっていない。88年には40歳で本塁打と打点の2冠王に輝き「不惑の2冠王」と呼ばれ、パ・リーグMVPといずれも歴代最年長で受賞。野球殿堂にも入った孤高のスラッガーだった。

 門田さんは野球解説者を退いた06年から病気療養も兼ねて兵庫県相生市の山あいに独りで暮らしていた。人里離れた所だが「新幹線の駅もあり街にも出られる。何より豊かな自然に囲まれている」と気に入っていた。人工透析を受ける予定だったが、通院先の病院に現れなかった。病院と警察の関係者が24日に自宅を訪れると倒れていた状態で発見され、その場で死亡が確認された。

 現役時代から持病の糖尿病や、引退後の05年に脳梗塞で倒れるなど、晩年は闘病生活を過ごしていた。

 南海、オリックス、ダイエー3球団で放った567本塁打は、王貞治の868本、野村克也の657本に続くプロ野球歴代3位。全打席「ホームランを狙う」というフルスイングで左打席から豪快なアーチをかけた。

 奈良・天理では3年夏に甲子園出場。社会人・クラレ岡山に進み、69年ドラフト2位で南海(現ソフトバンク)に入団した。

 身長1メートル70と小柄で高校時代は1本の本塁打も打てなかった。プロ入り後、地道な練習で力をつけた。王を参考にした一本足打法で2年目71年には3番に定着し打点王を獲得。パワフルな打撃に「ポパイ」の異名がついた。

 79年の高知・大方でのキャンプ中、右足アキレス腱を断裂。リハビリ後の80年、41本塁打でカムバック賞。81年には44本塁打で初の本塁打王に輝いた。

 40歳を迎えた88年は44本塁打、125打点で2冠。最優秀選手(MVP)に選出された。40歳代での40本塁打、100打点は史上初、40歳でのMVPは史上最年長で「不惑の2冠王」と呼ばれた。

 同年、南海がダイエーに身売りし、オリックスへ移籍。91年にダイエーでホークス復帰を果たし、44歳まで現役を続けた。

 引退後は解説者、スポニチ本紙などで評論家活動を続けたが、05年限りで退いた。

 野球殿堂入りした06年1月10日の通知式では「最高の賞を頂いて舞い上がっている」と涙を流し「人生の終着駅にきた」と話していた。13年4月20日のオリックス―ソフトバンク(京セラドーム)では始球式を務めた。孤高のホームラン打者はその生きざまのように独り静かに天国に旅立った。(内田 雅也)

 ◆門田 博光(かどた・ひろみつ)1948年(昭23)2月26日生まれ、山口県出身。天理では3年夏の甲子園に出場。社会人のクラレ岡山を経て69年ドラフト2位で南海(現ソフトバンク)に入団。本塁打王3度、打点王2度。88年には史上最年長の40歳でMVPに輝いた。ベストナイン7度。オリックス、ダイエーでもプレーし92年に44歳で現役引退。通算567本塁打、1678打点はいずれもプロ野球歴代3位。06年に野球殿堂入り。左投げ左打ち。

 [ 2023年1月25日 04:50「スポーツニッポン」ウェブサイト「スポニチ Sponichi Annexニュース」より
24日夜に突然飛び込んできた門田博光さん死去というニュース、現役時代は王貞治・野村克也につぐ歴代3位の通算567本塁打、通算1678打点も歴代3位(本塁打王3回・打点王2回)という記録を持つプロ野球界のレジェンドが突然の死去、あまりのことで何とも言えません。

とことんホームランを打つことにこだわった現役時代「ヒットの延長がホームラン」という倫理を真っ向から否定し「ホームランの当たり損ねがヒット」という理念で、南海入団時の監督だった野村克也氏(当時は兼任監督)と対立したことは有名だし、1979年にアキレス腱を断裂してからは指名打者として復活、そこから3回も本塁打王に輝いたことは今思えばスゴいことです。
全打席ホームランを狙うというこだわりに野村氏が「あいつは最後の野球バカ」と評したのも頷ける。

中でもスゴかったのは1988年、40歳にして44本塁打、125打点で2冠王になっただけでなくMVPも獲得したことで「不惑の2冠王」と評され、世間を大いに驚かせたからねェ・・・。またこの年を持って南海は歴史に幕を閉じたから、ある意味南海ホークスの❝幕引き❞を飾ったかも知れない。「(福岡に)行ってまいります」とファンに向けて挨拶した杉浦忠監督もだが。

単身赴任を避けたくて関西に残ってオリックスに移籍して「ブルーサンダー打線」の一翼を担い、その2年後の1991年にホークスに復帰、92年に44歳で現役を引退するまで駆け抜けた門田氏、その後野球評論家及び解説者、2006年に野球殿堂入りを果たしたけど、晩年は病との戦いだったというから、人生の幕引きがこんな呆気ないのって残念でなりません。

若手の頃は野村氏と何かと対立したけどそれでも野村氏に実力を認められ、野村氏が公私混同を理由にチームを去ってからは弱体化した南海において数少ない存在感を強く見せたホームラン打者だった門田氏、鶴岡一人や野村克也、杉浦忠と同様、南海ホークスというチームに欠かすことの出来ない人物だと思います。門田博光は。

ご冥福をお祈りします。

theme : 訃報
genre : ニュース

comment

管理者にだけメッセージを送る

プロフィール

アジシオ次郎

Author:アジシオ次郎
FC2ブログへようこそ!

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
最新コメント
最新トラックバック
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード