スポーツと人権問題は別
現在開催中のカタールワールドカップ、ただそのカタールに対してネガティブな問題がつきまとっているのも事実。
それは外国人労働者及びLGBTに対する人権侵害行為がクローズアップされており、外国人労働者って点ではアフリカや南アジア諸国からの出稼ぎ労働者が過酷な環境で労働させられ、命を落としている者も少なからずいる為か、カタールは外国人労働者の権利を軽視している。許せない!! って欧米から非難の声が出ているけど、日本もこれには非難すべきなのだが、外国人技能実習生を巡る問題や入国管理局の問題を抱えているだけにそれを言ったところで「お前が言うな」ってブーメランになりかねないからなァ・・・。
さきの日本対ドイツ戦の試合前に、ドイツの選手たちが集合写真を撮る際に手で口を覆う姿勢を見せたけど、これにはカタールの人権問題を見て見ぬふりしたFIFA(国際サッカー連盟)への抗議の意と取れるが、そのドイツ、外国人への不当な差別が自国で起こっていることには抗議しないのかと言いたくなる。近年ドイツは中東からの移民や難民を相当受け入れたせいで摩擦が起こっており、移民や難民を標的にしたヘイトクライムも起こっているけど、それに対しても怒るべきです。
外国人労働者の権利の問題に加えて深刻なのがLGBTへの差別、カタールも同性愛を最大のタブーの一つとしているイスラム教を信仰している国民がほとんどだからか、こうなっているかも知れないが、今やLGBTの権利が拡大しつつある中でそれをまだタブー視する姿勢は時代に逆行していると欧米は問題視して、ヨーロッパ諸国の選手がカタールのLGBT差別に抗議するという姿勢からLGBTを支持するレインボーをあしらったアームバンドを着用しようとしたけど、それを認めないという姿勢を取ったFIFA、FIFAとしてはカタールの人権問題とスポーツは別。って切り離しているんでしょう。
過去にアメリカの黒人選手が黒い手袋をつけて拳を振り上げて自国の差別に抗議したシーンがあるけど(ブラックパワー・サリュート)、これに対して当時批判もあったように、スポーツや文化の場で政治や人権問題を持ち込めば批判しかないってこと。じゃあ竹島の領有権を主張したり旭日旗へのいちゃもん、歴史問題を持ち込む韓国は批判されて当然だけどな。韓国が国際社会において共感を持たれない理由が、スポーツや文化の場に平気で政治や歴史を持ち込むところなのは一目瞭然。
確かにカタールの人権問題は非難されて当然だが、これはスポーツや文化とは別のところでやるべきであって、スポーツや文化の場でやるのは空気を読めない言動と見なされるだけです。
後カタールの人権問題を非難する欧米、背景にあるのは欧米はキリスト教、キリスト教は一神教だから自分たちと異なる物を理解しないきらいがあるけど、自分たちの考えや価値観が絶対だという理屈から、自分たちと異なる物をつかまえてヒスを起こして自分たちの考えや価値観を押し付けるのは独善的以外の何物でもない。それこそ多様性を否定するようなもので「お前が言うな」って日本の野党の十八番である「ブーメラン」しかない。
それとFIFAのゼップ・ブラッター元会長が「カタールは間違いだった」「選択が悪かった」って言ったけど、今頃言うか? です。
こう見るとワールドカップもオリンピック同様商業主義、即ち金と利権の祭典に成り下がってしまった感もしてならない気がする。
それは外国人労働者及びLGBTに対する人権侵害行為がクローズアップされており、外国人労働者って点ではアフリカや南アジア諸国からの出稼ぎ労働者が過酷な環境で労働させられ、命を落としている者も少なからずいる為か、カタールは外国人労働者の権利を軽視している。許せない!! って欧米から非難の声が出ているけど、日本もこれには非難すべきなのだが、外国人技能実習生を巡る問題や入国管理局の問題を抱えているだけにそれを言ったところで「お前が言うな」ってブーメランになりかねないからなァ・・・。
さきの日本対ドイツ戦の試合前に、ドイツの選手たちが集合写真を撮る際に手で口を覆う姿勢を見せたけど、これにはカタールの人権問題を見て見ぬふりしたFIFA(国際サッカー連盟)への抗議の意と取れるが、そのドイツ、外国人への不当な差別が自国で起こっていることには抗議しないのかと言いたくなる。近年ドイツは中東からの移民や難民を相当受け入れたせいで摩擦が起こっており、移民や難民を標的にしたヘイトクライムも起こっているけど、それに対しても怒るべきです。
外国人労働者の権利の問題に加えて深刻なのがLGBTへの差別、カタールも同性愛を最大のタブーの一つとしているイスラム教を信仰している国民がほとんどだからか、こうなっているかも知れないが、今やLGBTの権利が拡大しつつある中でそれをまだタブー視する姿勢は時代に逆行していると欧米は問題視して、ヨーロッパ諸国の選手がカタールのLGBT差別に抗議するという姿勢からLGBTを支持するレインボーをあしらったアームバンドを着用しようとしたけど、それを認めないという姿勢を取ったFIFA、FIFAとしてはカタールの人権問題とスポーツは別。って切り離しているんでしょう。
過去にアメリカの黒人選手が黒い手袋をつけて拳を振り上げて自国の差別に抗議したシーンがあるけど(ブラックパワー・サリュート)、これに対して当時批判もあったように、スポーツや文化の場で政治や人権問題を持ち込めば批判しかないってこと。じゃあ竹島の領有権を主張したり旭日旗へのいちゃもん、歴史問題を持ち込む韓国は批判されて当然だけどな。韓国が国際社会において共感を持たれない理由が、スポーツや文化の場に平気で政治や歴史を持ち込むところなのは一目瞭然。
確かにカタールの人権問題は非難されて当然だが、これはスポーツや文化とは別のところでやるべきであって、スポーツや文化の場でやるのは空気を読めない言動と見なされるだけです。
後カタールの人権問題を非難する欧米、背景にあるのは欧米はキリスト教、キリスト教は一神教だから自分たちと異なる物を理解しないきらいがあるけど、自分たちの考えや価値観が絶対だという理屈から、自分たちと異なる物をつかまえてヒスを起こして自分たちの考えや価値観を押し付けるのは独善的以外の何物でもない。それこそ多様性を否定するようなもので「お前が言うな」って日本の野党の十八番である「ブーメラン」しかない。
それとFIFAのゼップ・ブラッター元会長が「カタールは間違いだった」「選択が悪かった」って言ったけど、今頃言うか? です。
こう見るとワールドカップもオリンピック同様商業主義、即ち金と利権の祭典に成り下がってしまった感もしてならない気がする。