「今まで生きてた中で一番幸せです」
昨年行われた東京オリンピック2020の女子スケートボード競技で西矢椛が金メダルを獲得し、13歳330日での獲得は日本人のメダル獲得最年少を更新したわけだが、これまで最年少でのメダル獲得記録を持っていたのは、1992年にバルセロナオリンピック女子200メートル平泳ぎで記録を持っていたのは取った岩崎恭子、獲得当時は14歳6日というから、当時はセンセーショナルな出来事として報じられました。そりゃ中学生がオリンピックに出場してメダル、それも金を取るというのは日本スポーツ史上偉業も偉業ではないでしょうか。またこの記録はオリンピックの競泳競技における最年少金メダル獲得としても有名。
そんなわけで今から30年前の今日1992年7月27日は、バルセロナオリンピックの競泳競技女子200メートルで岩崎恭子が金メダルを獲得した日です。
岩崎恭子、5歳から姉の影響で水泳を始め、小学6年時には短水路学童の日本記録を樹立、1991年の中学1年時には全国中学生水泳競技大会100及び200メートル平泳ぎで2冠を達成すると、同年の日本選手権にも出場して2位に入りなんとバルセロナオリンピック代表に選ばれるという頭角ぶりを現したのです。
翌年のバルセロナオリンピック、ただ岩崎は当時全く期待されておらず、日本選手最年少というところしか注目が集まらなかったが、この心境において「決勝に進出できればいい」と語っているが、予選で当時の日本記録(2分29秒91)を更新するタイム(2分27秒78)を叩き出して決勝に進出したのだった(ちなみに全体2位のタイム)。
そして1992年7月27日に行われた女子200メートル平泳ぎ決勝、中盤まで1位につけていたアメリカのアニタ・ノールを終盤に捉え、ゴール寸前で逆転してなんと2分26秒65と当時のオリンピック新記録を更新するタイムで見事1着!! そして競泳女子200メートル平泳ぎで日本女子選手が1位を取ったのは1936年の前畑秀子以来という快挙、また日本女子選手全体においては1972年の青木まゆみ(100メートルバタフライ)以来という快挙、さらにオリンピック競泳競技において14歳6日での金メダル獲得という2つの快挙と1つの新記録というから、快挙と新記録を同時に作るという偉業をなしえたのです。
金メダルを獲得したレースの後、岩崎はインタビューにて「今まで生きてた中で一番幸せです」と素直に述べたことで、一気に話題となりました。中学生がオリンピックに出て金メダルを取るという偉業に日本中が湧き、一躍時の人となったのです。またこのシーンはバルセロナオリンピックにおける最大の番狂わせとも言われた。
バルセロナオリンピックで金メダルを獲得したことで時の人となった岩崎だが、有名になった弊害からストーカーまがいのいたずら電話被害に遭うなどモチベーション低下に陥り、1996年のアトランタオリンピックに出場したものの不振に終わり、1998年に競泳界を引退したのだった。時の人となった者がその後精神的にスランプに陥って成績が振るわずあっけなく表舞台から去るというのはなんとも残酷だよね・・・。
その後も競泳界に身をおいてインストラクターやスポーツコメンテーターとしても活動している岩崎だが、写真集をリリースしたり(当初はヌードだったもののセミヌードやビキニだった)、不倫スキャンダルを起こして世間をお騒がせしたりと良くも悪くも話題を振りまいたのは記憶に新しい。
普通の中学生がオリンピックに出て金メダルを取るというセンセーショナルな出来事、このシーンは日本オリンピック史における名シーンの一つとして記憶に残るでしょう。
そんなわけで今から30年前の今日1992年7月27日は、バルセロナオリンピックの競泳競技女子200メートルで岩崎恭子が金メダルを獲得した日です。
岩崎恭子、5歳から姉の影響で水泳を始め、小学6年時には短水路学童の日本記録を樹立、1991年の中学1年時には全国中学生水泳競技大会100及び200メートル平泳ぎで2冠を達成すると、同年の日本選手権にも出場して2位に入りなんとバルセロナオリンピック代表に選ばれるという頭角ぶりを現したのです。
翌年のバルセロナオリンピック、ただ岩崎は当時全く期待されておらず、日本選手最年少というところしか注目が集まらなかったが、この心境において「決勝に進出できればいい」と語っているが、予選で当時の日本記録(2分29秒91)を更新するタイム(2分27秒78)を叩き出して決勝に進出したのだった(ちなみに全体2位のタイム)。
そして1992年7月27日に行われた女子200メートル平泳ぎ決勝、中盤まで1位につけていたアメリカのアニタ・ノールを終盤に捉え、ゴール寸前で逆転してなんと2分26秒65と当時のオリンピック新記録を更新するタイムで見事1着!! そして競泳女子200メートル平泳ぎで日本女子選手が1位を取ったのは1936年の前畑秀子以来という快挙、また日本女子選手全体においては1972年の青木まゆみ(100メートルバタフライ)以来という快挙、さらにオリンピック競泳競技において14歳6日での金メダル獲得という2つの快挙と1つの新記録というから、快挙と新記録を同時に作るという偉業をなしえたのです。
金メダルを獲得したレースの後、岩崎はインタビューにて「今まで生きてた中で一番幸せです」と素直に述べたことで、一気に話題となりました。中学生がオリンピックに出て金メダルを取るという偉業に日本中が湧き、一躍時の人となったのです。またこのシーンはバルセロナオリンピックにおける最大の番狂わせとも言われた。
バルセロナオリンピックで金メダルを獲得したことで時の人となった岩崎だが、有名になった弊害からストーカーまがいのいたずら電話被害に遭うなどモチベーション低下に陥り、1996年のアトランタオリンピックに出場したものの不振に終わり、1998年に競泳界を引退したのだった。時の人となった者がその後精神的にスランプに陥って成績が振るわずあっけなく表舞台から去るというのはなんとも残酷だよね・・・。
その後も競泳界に身をおいてインストラクターやスポーツコメンテーターとしても活動している岩崎だが、写真集をリリースしたり(当初はヌードだったもののセミヌードやビキニだった)、不倫スキャンダルを起こして世間をお騒がせしたりと良くも悪くも話題を振りまいたのは記憶に新しい。
普通の中学生がオリンピックに出て金メダルを取るというセンセーショナルな出来事、このシーンは日本オリンピック史における名シーンの一つとして記憶に残るでしょう。