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再会は遠く遥かに

 拉致問題解決を訴える家族たちにとっても、日本中にとっても、実に残念としか言い様のないことになってしまいました・・・。

引用

めぐみさん捜し続け43年…「会いたい」願い届かず、眠るように天国へ

「めぐみに会いたい」。そう訴え続けた父の願いは届かなかった。1977年、北朝鮮に拉致された横田めぐみさん(拉致当時13歳)の父、滋さんが5日、87歳で亡くなった。妻の早紀江さん(84)と二人三脚で80歳を過ぎるまで全国を駆け回ってきた滋さん。拉致問題解決を訴える家族らの中心的な存在だった滋さんの死に、悲しみが広がった。

 「主人は眠るように天国に召されました」

 横田夫妻の支援団体「あさがおの会」の森聡美さん(58)は5日夜、川崎市にある夫妻の自宅マンション前で報道陣の取材に応じ、早紀江さんからこう連絡を受けたと明かした。森さんは「夫婦以上の戦友のようなご主人を亡くされたばかりなので、今は静かに過ごさせてあげたい」と語った。

 滋さんが45歳になった77年11月14日の誕生日のことだった。「お父さん、これからはおしゃれにも気を付けてね」。勤務先の日本銀行新潟支店から帰宅すると、めぐみさんがプレゼントの「くし」を用意して待ってくれていた。「大人になったんだな。周囲にも気を配る年頃になったんだな」。思春期の女の子らしい気遣いに、顔をほころばせた。

 しかし、翌15日、幸せな日々が一転した。

 バドミントン部の練習を終えためぐみさんが、帰らない――。滋さん、早紀江さんたちは自宅近くの海岸を捜し回った。行方不明者を捜すテレビ番組にも出演。情報を求め続けてきた。

 それから約20年。脱北者の証言でめぐみさんが拉致され、北朝鮮で生きているという情報が滋さんにもたらされた。「これで、めぐみは帰ってこられる」。97年3月、他の拉致被害者の7家族と「北朝鮮による拉致被害者家族連絡会」を結成し、代表に就いた。

 「横田めぐみの父」と書かれたたすきをかけて街頭に立ったが、ビラをたたき落とされたこともあった。「拉致なんて本当にあるのか?」。冷たい言葉を浴びせられたこともあったが、地道な活動は少しずつ理解を広げ、2002年9月、当時の小泉首相が訪朝。初の日朝首脳会談で金正日(キムジョンイル)総書記は拉致を認めて謝罪したが、めぐみさんら8人は「死亡」と伝えられた。

 残酷な現実を突きつけられ、滋さんは記者会見で言葉を詰まらせると思わず涙をこぼした。この時、早紀江さんがとっさにマイクを握ると「いつ死んだかさえわからないものを、信じることはできません」と訴えた。こうした夫妻の姿は共感を呼び、拉致問題への関心は一気に高まった。

 02年10月には5人の帰国が実現したが、その後は拉致問題に進展はなかった。それでも、滋さんは各地での講演や政府関係者との面会などで精力的に動いた。

 優しい性格を表すようなソフトな語り口で知られた。05年11月からは、滋さんがあさがおの会メンバーと趣味で撮りためた家族の写真の展示を始めた。「めぐみがお嫁に行く時にでも持たせたい」。そう願う滋さんが撮影しためぐみさんの写真は一人娘への愛情にあふれ、見る人の心を打った。

 体力の衰えを理由に家族会の代表を退いたのは、07年11月。その後も各地で講演は続けた。しかし足腰が弱り、16年3月、京都での講演を最後に遠方に出かけることはなくなった。18年4月以降、入院生活を送っていた。

■「仲間また1人失った」「北への憤り、鎮まらない」

 横田滋さんの訃報(ふほう)に、ともに救出活動をしてきた家族会や拉致被害者らは悔しさや悲しみを口にした。

 「仲間がまた一人いなくなってしまった」。5日午後8時20分過ぎ、埼玉県上尾市の自宅前で取材に応じた家族会代表の飯塚繁雄さん(81)は肩を落とし、「長年にわたって拉致問題の中心人物として活動してきた横田さんが亡くなり、非常に残念」と言葉を絞り出した。

 拉致被害者の有本恵子さん(当時23歳)の父・明弘さん(91)は神戸市の自宅前で「横田さん夫婦が最初に全国を飛び回って、拉致被害を訴えてくれたからこそ、解決に向けた運動が始まった」と感謝した。今年2月、妻の嘉代子さんを亡くしたばかりで、「寿命が残り少ないのは自分も同じ。政府は北朝鮮と話し合いの場を作って、拉致問題を解決してほしい」と語った。

 北朝鮮でめぐみさんと一緒に生活したこともある新潟県佐渡市の拉致被害者、曽我ひとみさん(61)は、「滋さんが亡くなったとの一報をもらった時は、一瞬頭の中が真っ白になり、今は何も考えられません。ただ、ご冥福(めいふく)をお祈りするばかりです」とのコメントを出した。新潟県柏崎市の拉致被害者、蓮池薫さん(62)、祐木子さん(64)夫妻は「悲しさと悔しさを抑えることができない。当然な親子の再会を最後まで阻んできた北朝鮮当局への憤りを鎮められない」との談話を発表した。

 めぐみさんの小中学校時代の親友で、千葉市在住の真保恵美子さん(55)は自宅のテレビで滋さんの訃報を知り、「めぐみちゃんが北朝鮮で滋さんが亡くなったことを知ったら、どんなに悲しむことか」とやり場のない気持ちをあらわにした。真保さんは1月に母節子さん(88)と滋さんを見舞った。滋さんは寝ていて、ほとんど会話ができなかったが、目を覚ました時の少し笑ったような柔和な表情が忘れられない。節子さんは「悲しみで胸がいっぱい。早紀江さんをどうやって慰めればいいのか言葉が見つからない」と話した。

 最終更新:6/6(土) 7:36 「読売新聞」より
 北朝鮮による日本人拉致被害者の一人・横田めぐみさんの父親で拉致問題解決を訴えていた横田滋さんが亡くなったというニュース、娘・めぐみさんとの再会を果たすことなく亡くなったって思うと残念を通り越して無念としか言えません。

「長年にわたって拉致問題の中心人物として活動してきた横田さんが亡くなり、非常に残念」と家族会代表を務める飯塚繁雄さんも無念さを滲ませたし「横田さん夫婦が最初に全国を飛び回って、拉致被害を訴えてくれたからこそ、解決に向けた運動が始まった」と有本恵子さんの父親・明弘さんは横田さん夫婦の活動があったから北朝鮮による日本人拉致問題がクローズアップされ、解決運動につながったというように、いかに拉致問題解決において重要人物だったことを物語っています。

 めぐみさんに再び会いたいという気持ちで拉致問題解決を訴えていたけど、最近では健康不安もあり表に出ることはなかった横田さん、拉致問題を訴える家族会はまた一人重要人物を亡くしたと思うと、北朝鮮が憎い。そして拉致問題解決が後手に回っている政府は横田さんが亡くなったことに責任を感じてるんですか!? もう憲法9条など綺麗事、ならず者国家には強硬な態度で臨んでほしいわ。それと北朝鮮に融和的な政治家や知識人を❝排除❞してほしい。そいつらのせいで拉致問題はでっち上げなんて世迷い言がまかり通ったことを考えると、今までの日本の責任も重大なり。

theme : このままで、いいのか日本
genre : 政治・経済

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No title

かつての自民党には、「拉致問題ごときで北朝鮮との国交正常化交渉ができないなどは許されない」と死んだ売国奴、野中広務は言っていた。こいつは死ぬまで、拉致被害者家族に同情の言葉さえかけなかった。それは旧社会党の議員連中、今の社民党の福島瑞穂以下も同じだ。人権平和運動している「平和運動家」とやらも拉致被害者には同情ひとつ寄せなかった。結局日本で、人権だの、平和だのを声高く叫ぶ人間は、実態は独裁政治側に与している連中、つまり工作員ということになる。そして、悲しいことに、自民党の中にも公然と存在する。私は二階もその口でえはないかと疑っています。奴の口から拉致問題についてのコメントをきいたことがありません。安倍も本心では二階を信用していないと思います。

Re: No title

 働きアリンコ様

 コメントありがとうございます。

 今まで国益より北朝鮮との関係を結ぶことを重視してきた自民党の一部や旧社会党などをはじめとする左翼、そいつらのせいで拉致被害者家族は二重の苦しみを味わうこととなったが、自国民が被害に遭いながら知らんふりしてやり過ごしてきた自民党の一部や左翼の罪は相当大きいってことは確かだし、そんな人間を工場で大量生産してきた戦後教育の弊害もまた大きい。
 私は思うに、北朝鮮による日本人拉致問題を否定する言動を禁じる法律でも作って拉致問題なんてなかったと世迷い言をいう左翼などを取り締まるべきだと思うね。かつてのレッドパージ(赤狩り)よろしくそいつを公職から追放して当局の監視対象にしなければならない。
 とにかく、政府内の親特定アジア勢力を排除しない限りは国会がまともにならないし、警察や法曹関係、マスコミもまた同じで親特定アジア勢力は排除しなければなりません。そうでなければ拉致問題の完全なる解決の糸口は見えてきません。
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