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「ニヨンの屈辱」

 この話題は、日本サッカーの歴史において未だに論争のネタになっているのだが、日本代表を長年牽引してきたエース・三浦知良(以下カズ)が突然見切りをつけられたという衝撃といいますか、悲願のワールドカップ出場を果たしその夢舞台に立つ矢先のこともあってか、あっけなくカズのワールドカップは終わりを告げたのだった。
 そんなわけで今から22年前の今日1998年6月2日は、サッカー・ワールドカップフランス大会に出場するメンバー発表においてカズが落選した日です。これは当時直前合宿をしていたスイス・ニヨンでの出来事だから「ニヨンの屈辱」と呼んでいる。

 1998年のサッカー・ワールドカップフランス大会でワールドカップ初出場を果たした日本代表、その道程は平坦なものではなく、長年エースとして日本代表を引っ張ってきたカズにとっても試練続きで、フランス大会アジア最終予選の途中(最初は加茂周だった)で就任した岡田武史監督と諍いを起こし(「ジョホールバルの歓喜」で有名なアジア第3代表決定戦【イラン戦】で交代を命じられた際「俺?」とジェスチャーしたことで誤解を受けたが、またフリーキックは中田英寿か名波浩のどちらかが蹴ることという指示を無視して独断で蹴った)、関係がギクシャクしたのだった。
 また最終予選では当初城彰二と2トップを組んでいたものの、途中から呂比須ワグナーが加わり、終盤で中山雅史や岡野雅行が加わったことで競争が激しくなって代表におけるカズの立ち位置は危うくなったことも影響している。

 そしてスイスのニヨンで行われたフランス大会直前合宿メンバー入りしたカズだったが、本大会に出場するメンバー発表で岡田監督は「外れるのは市川(大祐)、カズ、三浦カズ、そして北沢(豪)の3選手です」と公表、カズを外すという岡田監督の決断は日本中に衝撃を与えたのだった。これについては長年エースとして牽引してきたカズを簡単に外すのかという疑問が出たが、本大会に出場するメンバー発表においていきなり外すメンバーを発表するのかという疑問もあった。後年岡田監督は「外れる3人を読み上げるのはではなく、代表メンバー22人を一人づつ発表すべきだった」と関係者に語ったのだが・・・。岡田監督にとってカズを外すことは苦渋の判断だったんじゃと思うね。

 メンバー入りから落選したカズは日本に帰国し、記者会見を開いて「日本代表としての誇り、魂みたいなものは向こうに置いてきた」と自身は代表からは落選したが、その誇りと魂を他の選手に与えたということか。
 エースであり象徴でもあったカズを外したことでサッカーファンのみならず世間の論争を招いたことは事実、初めてのワールドカップ本大会を前にこの決断は何を考えてんだという批判もあったが、いつまでもカズに頼るのもいかがなものか、城や中山、呂比須もいるんだからという前向きな意見もあった。

 蓋を開けてみれば、日本はアルゼンチン・クロアチア・ジャマイカとグループリーグで戦ったものの3戦全敗、1得点に終わり世界の壁を痛感する結果となったけど、カズを外したからこうなったんだという批判も起こった上に、カズを最終的に外した岡田監督にも批判の目が向けられたのだった。
 未だ現役でバリバリやっているカズ、だが現在に至るまで現役でプレーしている要因としてワールドカップ出場を土壇場で果たせなかったことがモチベーションとなっているのか、まだまだやれるという意気込みだけでプレーしていると思うね。ニヨンの屈辱は日本サッカーにおける論争の一つだが、カズにとって忘れることの出来ない屈辱として記憶に留めてるんでしょう。

theme : サッカー日本代表
genre : スポーツ

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