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「よろしくどうぞ」関根潤三氏が死去

 開幕の見通しが立たないプロ野球界、そんな中またプロ野球界のレジェンドがまた一人天国のグラウンドへ旅立ちました・・・。

引用

関根潤三さんが死去、93歳老衰 球界レジェンドまた一人…

 1950年の2リーグ分立後に通算1000安打以上と50勝以上をマークしたプロ野球ただ一人の選手で、引退後は大洋(現DeNA)、ヤクルトで監督を務めた関根潤三(せきね・じゅんぞう)さんが9日午前9時45分、老衰のため東京都内の病院で死去した。93歳。東京都出身。葬儀・告別式は未定で、近く家族葬として執り行う。喪主は長男、優一(ゆういち)さん。解説者としても親しまれたレジェンドが、帰らぬ人となった。

 現役時代は投手と野手の二刀流。ヤクルトでの監督を最後にユニホームを脱いだ後は、フジテレビやニッポン放送の中継で、ソフトな語り口ながら、プレーの善しあしをはっきりと口にする名解説が人気だった関根潤三さんが、天へ召された。

 大きな病気などはなく、92歳だった昨年10月26日には、神宮のスタンドで東京六大学秋季リーグ戦、法大-東大1回戦を観戦=写真下。母校・法大の勝利を見届けていた。だが、これが球場での最後の姿になった。9日午前、老衰のため東京都内の病院で死去。長男・優一さん夫妻に見送られ、おととし死去した夫人・玉枝さん(享年92)のもとへ旅立った。

 左投げ左打ちの関根さんは旧制日大三中(現日大三高)から法大へ進み、東京六大学リーグ歴代5位の通算41勝(30敗)をマーク。プロ野球が2リーグに分立した1950年、球団創設1年目の近鉄に入団した。

 「僕にとって野球と言えば東京六大学。まさか野球を職業にすることになろうとは」と、本紙のインタビューで語っていた関根さん。173センチ、65キロの体で、プロでは投手として通算244試合に登板し65勝94敗、防御率3・42の成績を残すとともに、打力を買われて野手としても出場した。

 投手では57年に2試合に登板したのを最後に、外野手に専念。65年に巨人でプレーした後、引退した。通算打撃成績は打率・279、1137安打、59本塁打、424打点。日本ハム・大谷翔平(現米大リーグ、エンゼルス)の出現で注目を浴びた二刀流について、「僕はどちらも二流で終わったもの」と笑っていた。しかしオールスターに史上初めて投手と野手の両方で出場(投手で1度、外野手で4度)。両部門でファン投票により選出されたのは、2015年に大谷が選ばれるまで関根さんだけだった。

 引退後は70年に日大三中時代からの親友、広島・根本陸夫監督(99年に死去)の要請で打撃コーチを務め、衣笠祥雄らを指導。75年は巨人のヘッドコーチ、76年は2軍監督として長嶋茂雄監督を支えた。82-84年は大洋で、87-89年はヤクルトで監督を歴任。Aクラスは83年(3位)の1度だけながら、ヤクルトでは池山隆寛、広沢克己らを主力に育てるなど若手の育成に定評があった。

 現在は指導する立場になったヤクルト・池山2軍監督は「私が若い頃に、一番我慢をして使っていただいた監督です。『三振しても下を向いて帰ってくるな』と指導され、その後、少し気持ちが楽になり自分の打撃になってきたと思います。ブンブン丸の基礎になったのかもしれません」としのんだ。

 最後に解説を務めたのは16年4月23日、ニッポン放送での巨人-DeNA(東京ドーム)。その名調子と笑顔は、野球ファンの心に残り続ける。

 2020.4.10 05:03 「サンケイスポーツ」より
 現役時代はピッチャーとして65勝、打者として1137本安打を記録し、引退後は広島や巨人でコーチ、大洋とヤクルトで監督を努めてその後フジテレビの野球解説者を努めた関根潤三が9日、老衰により93歳で亡くなったというニュース、監督としても解説者としても存在感を示した関根氏の訃報だけに野球ファンや関係者にとっては衝撃でしょう。

 大谷翔平よりはるか前に二刀流を努め、投手として野手としてオールスターに選ばれたのってある意味伝説だけど、やはり印象的なのは指導者時代でしょうね。

 広島コーチ時代に門限破りをした衣笠祥雄氏に対して「素振りをやろうか」と怒ることなく接したり、大洋監督時代にはスーパーカートリオ(屋鋪要・加藤博一・高木豊)を見出して主力に育てたり、ヤクルト監督時代には池山隆寛・広澤克実などを主力に育てて後の黄金期につなげるなど、人材育成に長けていたことでつとに有名です(ただ成績はさっぱりでAクラス入りしたのは大洋監督時代の83年【3位】だけ)。

 関根氏といえばやはりヤクルト監督時代のイメージが強いです。
「いいと言うまで止めないこと」と池山に素振りを命じて自分はお茶をして、池山が延々と素振りをしていたというエピソードをはじめ、打たれたピッチャーに対して笑顔でそのピッチャーの足を踏んづけたり、在職3年間はいずれも優勝チームに負け越した一方で2位チームには勝ち越したことで一部から「優勝お助けマン」と揶揄されたり、在職時に長嶋一茂が入団したことから長嶋をすすんで起用したり(長嶋茂雄シンパだったことから)、事欠きませんね。

 解説者としては分かりやすい語り口で視聴者に印象を与えたり「よろしくどうぞ」というフレーズから始まるところもまた人気だったように、指導者としても解説者としても記憶に残る人物といっていいのではないでしょうか。元祖二刀流ということでも。

 ご冥福をお祈りします。

theme : プロ野球
genre : スポーツ

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