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カップ麺のパイオニア

日本国内はイザ知らず国外でも高い知名度を誇り幅広い人気を持つカップヌードル、日本の食の歴史を変えたモノとしても有名なのは言うまでもなく、またチキンラーメンや「どん兵衛」「UFO」と並んで日清食品を代表する商品としても当然有名で、ヌードルだけでなくライスなども手掛けるなど商品展開は多岐にわたります。これが出来たエピソードはNHKの連続テレビ小説の題材にも使われるなど「まんぷく」、日本の食文化に革命をもたらしたことは間違いない。
そんなわけで今から48年前の今日1971年9月18日は、日清食品からカップヌードルが発売された日です。

1966年、日清食品の創業者で当時社長であった安藤百福はチキンラーメンのヒットに伴い海外進出を目指してアメリカに売り込んだものの、当時のアメリカでは箸や丼で食べるという意識はなく、食文化の違いを痛感したけど、あるアメリカ人のバイヤーがチキンラーメンを砕いて紙コップに入れてお湯を注いでフォークで食べたことから、安藤はこれをヒントに箸や丼で食べるという意識のない欧米人にもウケるよう容器入りのインスタントラーメンの開発を初めたのです。

具材にはフリーズドライ方式を取り入れ(乾物は元に戻るのに3分以上かかるということで断念した)、ネギやエビ(60種ものエビを施策した結果、プーバランというインド洋で獲れるものを採用した)、卵、肉の塊(豚ミンチに大豆などを合わせて作った)という組み合わせを採用した。また肉に関しては消費者から多くの疑問が出たことは有名。

1971年9月18日、日清食品から発売されたカップヌードル、当時は粉末スープを入れて3分待つと言うスタイルが定番だったインスタントラーメンと違い、お湯をかけて3分待つという方式は関西以外では珍しく(チキンラーメンは当時関西でしか発売されていなかった為)、驚きを持って迎え入れられたが、インスタントラーメンが当時25~35円だったのに対してカップヌードルは100円で販売したことで、売上は芳しくなかった。
そりゃ普通のインスタントラーメンの倍以上の価格では消費者の購買意欲はそそらないことで、売上が振るわないという現実も突きつけられたが、それでも安藤は値下げすべきという意見に反対して100円での販売にこだわり続けたのだった。

そこで安藤はターゲットを一般消費者ではなく警察や消防、タクシー会社といった夜勤がつきものの職場に目をつけたが、最初に多く地区の顧客となったのは自衛隊でした。
販売から2ヶ月後の1971年11月21日に、東京・銀座の歩行者天国で大規模なキャンペーンを展開して4時間で2万食も売り上げるという結果となり、さらに翌年1972年にあさま山荘事件が勃発すると、機動隊員たちがカップヌードルを食べる姿を全国の視聴者が見たことで非常食としての役割もあることから(警察が用意した弁当はあまりの寒さに凍ってしまい、変わりにお湯をかけて3分待つだけで食べられるカップヌードルはうってつけだった)、あさま山荘事件事件がカップヌードルの知名度を高めたのは偶然の産物ではないでしょうか。そりゃ日本中を釘付けにした事件だけに、多くの視聴者の目に届いたんだからね。

この影響から全国各地から販売希望が殺到して一気に全国販売へと繋がり、日清食品の知名度も大いに上がりました。

さてカップヌードルといえば多様な商品展開もさることながら(現在のレギュラー商品はスタンダードと言える醤油・塩ベースのシーフード・カレー味のカレー・トマトベースのチリトマトなどであり、また通常より量が多いビッグやキングサイズ、量が少ないミニサイズ、健康志向の高まりから発売されたライトがある)、一度見たら印象に残るCM(ただ現在放送されている「アオハル」シリーズは賛否割れているが)前述の非常食としての役割も強く、また海外展開もスムーズに進むなど、今や日本の食文化になくてはならない存在にまでなったけど、カップ麺のパイオニアとしてこれからも幅広い人気を維持するでしょう。私もたまに食べてます。

theme : カップめん
genre : グルメ

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