後世にあの虐殺をどう伝える? inルワンダ

ルワンダを語る上で欠かせないルワンダ虐殺、あれから23年、それを知らない世代が増加しているだけにそれをどう伝えるか、新たな課題です。

引用

大虐殺から23年、歴史教育に直面するルワンダの学校

【8月4日 AFP】「1994年のツチ(Tutsi)人の大虐殺(ジェノサイド)について説明できる人は?」。質問を黒板に書きながら教師は生徒たちに問い掛けた。

 ルワンダの10代の生徒たちが教師に視線を向ける中、発言を促された1人の生徒がこうつぶやいた。「人が大勢、殺されました」

 教師は詳しい説明を生徒からゆっくり引き出しながら、黒板に公式の定義を走り書きした。ルワンダの大虐殺では「無実のツチ人と、当時広まっていた(フツ)過激派の政治に賛同しなかった穏健派のフツ(Hutu)人が周到に組織的にせん滅された」──。

 キガリ(Kigali)にある緑に覆われたこの高校で大虐殺後に生まれた世代が学んでいるのは、なぜ民族対立が大虐殺につながったのかということと、それをどう忘れ去るかだ。そのことが統合と和解を育もうとしている政府の取り組みの重要な柱となっている。

「フツ人、ツチ人、トゥワ(Twa)人……自分のクラスで誰が何人かなんて知らない」と18歳の生徒の1人は穏やかな口調で語った。「私は単にルワンダ人だから」。彼女のクラスメートの多くも同じような心情を語った。彼らは幼い頃から「ルワンダ人らしさ」をたたき込まれている。

 だが一部の研究者らは、こうした生徒たちは歴史の授業で教えられたことをオウムのように繰り返しているだけだと指摘している。

 2014年に著書「From Classrooms to Conflict in Rwanda(ルワンダの教室から紛争へ)」を発表した研究者のエリザベス・キング(Elisabeth King)氏は、「この国にあるのは公式の歴史ただ1つで、そこからの逸脱は許されない」と言う。

「生徒たちは、民族については意識していないと言うよう教えられるが、現実には民族性がいまだ権力獲得を構造化しており、彼らの日々の暮らしを体系化もしている」

■大虐殺後に「消された」民族対立

 ルワンダ大虐殺では少数派のツチ人を中心に、100日間におよそ80万人が殺害された。4日に行われる大統領選で3選を目指すポール・カガメ(Paul Kagame)大統領は、大虐殺について「人は生まれつき悪なのではない。しかし悪い人間に作り上げられることはあるし、良い人間になるよう教わることもできる」との見解を示している。

 大虐殺後、国が過去の歴史の書き換えに着手するまで、歴史の授業は中断されていた。

 ルワンダのジェノサイド研究・文書管理センター(Research and Documentation Center on Genocide)のジャンダマシーン・ガサナボ(Jean-Damascene Gasanabo)所長は「大虐殺が起きる前の教育は、ルワンダ国民の中の違いを強調していた」という。同氏によると、教科書ではツチ人をエチオピアからの「外来侵入者」と表現し、フツ人とツチ人の身体的な見分け方を説明していた。教師らはツチ人の生徒をわざわざ立たせて、人数を数えていたという。

 だが、大虐殺以降、民族に関する言及はタブーとなっている。

 現在の学校の教科書では、キング氏いわく事実と異なる「植民地時代以前の黄金時代」が描かれ、フツ人とツチ人の対立はなかったことになっている。そして、これらの民族をつくりだしたのはキリスト教の宣教師らやベルギーからの入植者だと非難している。

■公式見解と異なる発言は、刑務所へ

 昨年導入された新たなカリキュラムは、批判的思考の実践も重視している。だがキング氏は「ジェノサイド・イデオロギー法」によって恐怖が植え付けられ、公式見解にほとんど誰も反論できない国ではそれは不可能だと指摘している。

「間違ったことを口にすれば投獄されるかもしれないと人々が感じているような状況で、非常に独裁的な政府と教育を切り離すことはできない」とキング氏は言う。

 大虐殺から27年が経過し、カガメ大統領の下で経済回復と安定を実現したルワンダは称賛されている。しかし権利団体は、ルワンダでは表現の自由がなく、反体制派が口封じされていると繰り返し批判している。

 大虐殺終結をもたらした旧反政府勢力で現与党の「ルワンダ愛国戦線(RPF)」の手によるフツ人殺害は、大虐殺の前から後のものまで、言及するだけで刑務所に送られる。

 今年、大虐殺が起きた時期を迎える少し前、ツチ人が所有する複数の雌牛がなたで殺される事件が起きた。

 一方、大統領選に出馬している野党候補で複数の民族的背景を持つフランク・ハビネザ(Frank Habineza)氏は、ツイッター(Twitter)で彼を「マウンテンゴリラ」と呼んだユーザーを告発した。フツ人の身体的な特徴を指した言葉だとみられており、ハビネザ氏は不快感をあらわにしている。

 「国際ニュース 『AFPニュース』」より
1994年にルワンダで起こった大量虐殺、フツ族ツチ族の部族対立がエスカレートして80万人が犠牲となった痛ましい大量虐殺として有名だが、あの虐殺から23年、ルワンダであの虐殺は歴史教育においてどう書かれているのかだけど、フツ族とツチ族の対立が原因で起こったと言う解釈は少なく、ただ大量虐殺が起こったという単純な解釈しかないことが明らかになったみたいです。
自国の歴史なのにこんな淡々とした内容でいいのかと思うね・・・。

子供たちは特に部族を言わずルワンダ人だと言ってますが、虐殺後民族に関する供述が歴史教育においてタブーとされたルワンダ、また政府も歴史の解釈というか認識について大幅に書き換えたこともあり、詳しい歴史と背景を知る機会が全くない状態にあるみたいです・・・。
かつては民族対立もなかったのに、西欧の宣教師及びベルギー人入植者が勝手に民族を分けたことにより起こったルワンダ虐殺、そのせいで教育において民族の優越性が強調されてフツ族とツチ族の違いを載せるということが横行してたといいますから、特アの反日よろしく過激なイデオロギーを植えつけたとしか言い様がない。

またジェノサイド・イデオロギー法なる法律があるルワンダ、大量虐殺に関する言及がタブーとなってるんだから、これではホントの歴史が分からないし、歴史教育においても教科書においてもただ大量虐殺が起こりましたとしか書いてないんじゃ、あの虐殺が風化されてしまいます。いくら忌まわしい歴史だからってそれを教えないのは自国について無知な国民が増えるだけです。ベルギーによる植民地政策のせいで起こったと書けばベルギー政府を怒らせるから教科書において供述できないのだろうか。こうなるとアフリカ諸国は歴史教育において欧米に干渉されてるんだろうかと勘ぐりたくもなる。

まして公式な歴史に異を唱えようなら逮捕されるというが、ルワンダには表現の自由が低く異論や反論が出来ないジレンマに陥っているけど、これもまたそれに輪をかけている。

あの虐殺はベルギーによる勝手な民族の判別がもたらしたことが原因だと思います。元々同じ民族だったのにベルギーが勝手に分けて人工的に作られたが為にあの大量虐殺につながったと教えればいいのではないでしょうか。
今も根強く残る民族対立、言論の自由が少ない社会、独裁的な政府、これでどうやってまともな歴史教育が出来るんでしょうか「アフリカの奇跡」と評されたのにこれではいけません。

theme : 歴史認識
genre : 政治・経済

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No title

おはようございます。
ネイマールよりこちらの方が興味深いのでこちらに(笑)

虐殺をなかったことにしたいというのもあるのかもしれませんが、集落内でも対立を産んだりしたみたいで、下手に掘り返すとかえってややこしくなるというのがあるのかもしれません。
日本でも街を二分する選挙をやってしまうと遺恨が生じるので、無投票にしようなんていう地域もいくつか見られたりしますが、そうした意識もあるのかもしれません。

近年は経済成長もしていてある程度うまくいっているみたいですから、変に突っ込んでまたとんでもないことを起こすよりは見ないことにしよう的なところもあるような気はします。

Re: No title

川の果て様

コメントありがとうございます。

この記事に興味を持っていただいて誠にありがとうございます。
大量虐殺という不幸な歴史をなぜ詳しく教えないかは、未だルワンダにおいて残る部族対立の影響もあるでしょうし、部族社会であるアフリカ諸国のこと、また対立を蒸し返したくないから詳しいことを教えないのかも知れません。

元々ルワンダの民族構成は同じだったのに、ベルギーによる植民地政策のせいで勝手に分けられたことが背景にもあるが、それについて教えないのもそういった点もあります。

経済成長もあり「アフリカの奇跡」とも評されるルワンダだが、現在ルワンダで政権の座にいるポール・カガメ大統領が独裁色を強めており、一部から批判もあるけども(ついこの前大統領選挙が実施されたがカガメ大統領が再び勝利した)、表現の自由があまりない社会と独裁的な政府なこともこの問題の背景ではないでしょうか。
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