「補欠廃止論」

日本のスポーツって世界基準で見ればどうも浮いてると言うか、ズレてるところがあるから、これがスポーツ人口の減少につながる要因ではないかと思うけど、中でも補欠制度にあるとこの本では説いており、世界的に見ていかに非常識なことでこれが日本のスポーツそのものが発展しない理由だと言っています。東京オリンピックを控える日本、スポーツ人口の拡大が期待されるけど、一方でこの問題に直視しなければいけないとも教えてますね。補欠制度、外国人から見たら「あり得ない」でしょう。

「補欠廃止論」 (セルジオ越後著・ポプラ新書)

引用

第1章 なぜ僕は「補欠は差別」と考えるのか
第2章 日本の団体スポーツが世界で勝てない本当の理由
第3章 「部活動」と「スポーツ」は切り離さなくてはならない
第4章 子どもがスポーツをすることで成長のは「親」
第5章 本当のスポーツ選手とは
ブラジルから来日し、日本サッカーリーグで活躍して引退後に「さわやかサッカー教室」なるサッカースクールを開いて多くの子供達を指導し、かつサッカー解説者・評論家として活躍中のセルジオ越後氏、日本に来てショックだったのが補欠制度なるものが日本のスポーツ界に存在していたことにあり、試合に出れない上にベンチ入りも出来ない、かつ雑用しかさせてもらえない子供たちが多く、これでは純粋にスポーツを楽しめないし、そんな考えを良しとする日本スポーツ界の在り方に疑問を投げかけたセルジオ氏、学校によっては100人ぐらいの部員を抱えてるが、だからと言ってサッカー人口が増えたなんて言うのはおかしいと思う。サッカーに限った話じゃないけれど。

なぜそんな制度はあるのかと言うと、登録制度の問題、スポーツ=部活動。と言う意識が強いこと、私立学校ほどスポーツに力を入れやすく、部員も増える一方で補欠も増える。ことにあるが、同じ選手が2つ以上のチームに所属できないって明らかに「飼い殺し」もいいところだし、1校につき1チームしか出れないと言うルールもまた補欠を大量に生み出す要因である。スポーツ=楽しむ。と言う本来の目的が勝利至上主義に走って体罰へと走る指導者が出るのもまたスポーツ離れを助長するが、ただ勝てばいいなんて考えを子供、まだアマチュアの時点から刷り込ませるのはいかがなものかとも思う。ああ言う指導者の責任も大きいけども。

スポーツとは人と人とが出会って楽しむ場であり、部活動や体育とは限らない、アマチュアにかぎらずプロもそう、企業の宣伝や金儲け目的ではなく、地域活性化の為にある。自治体のものであり企業と言うか親会社の持ち物じゃないと説いてますが、世界と著しくスポーツに対する意識が乖離している日本、このままではいけない。

あと実力で勝ち取ると言う意識も薄く、また和と言うか年功序列がスポーツにまであり、これが結果としてぬるま湯体質の温床になるわけだが、そんな考えはスポーツには不要だと思う。、ましてプロならなお更だ。尖った人間でも排除せず受け入れると言う技量もないのも日本スポーツ界のどうしようもない問題点だが、海外では自己主張力が強くなければチャンスはもらえないと言う意識もあるように、順番待ちや和に固執するのはいけない。スポーツの世界にそんな考えは必要ないと私は思います。
さらに変にメディアがチヤホヤする体質もまた選手のためにならない。たいした実績もないまたはちょっと成績を残したからって周りからチヤホヤされて自分はすごいんだと勘違いして過大評価するようになるわけだが、メディアの責任が大きいと思う。また一過性のブームで終わらせてもいけない。
試合内容によっては辛口な姿勢を示すことも大事、勝てばいいとかではダメなのだ。

スポーツは体育や習い事じゃなく、生活の一部にする。体を動かすことの楽しさや有意義さを子供のうちから知ると言う意識を持たねばスポーツを楽しめないし、ブラジル国籍を持つセルジオ氏だからこそ言える日本スポーツ界への「苦言」として見てはいかがでしょうか。補欠を美談にすることはその人の人生にも良くないと思う。例えば甲子園常連校出身で野球部だったのに補欠だったなんて恥ずかしくて周りに言えないでしょう。教育目的である部活動なのに補欠制度なんてあるのは差別でしかないし、どこが教育の一環だとも言いたくなる。「忍耐力のある子」なんて褒めるのはかえってダメ。またそのスポーツがダメなら他のこともやらせると言う意識も必要です。

theme : 読んだ本
genre : 本・雑誌

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まいどです

欧米式が何でも良いとは言いませんが、取りあえず学校スポーツ
って言う文化は大学以外には存在しませんから、仮にサッカーをやりたい
子供は、まずは自分のレベルにあった地元のクラブチームを選びます。
やがてクラブのレベルが実力に見合わなくなった時点で、
上のレベルのクラブを目指します。もちろんその逆もあります。

それに対して、反対を唱える人の理屈が…

「ヘタクソが努力してレギュラーになるまでの過程こそ教育の神髄!?」

「すぐに妥協し諦めるクセがついたら、競技として弱体化する」

話はそれますが、先日同窓会で...中学3年間、野球部疎欠、
ベンチにすら入った経験なし。その後甲子園常連高に入学し、
野球部入部…当然?3年間補欠。しかしそこの名門野球部が優先的に
入れるという噂の「市役所」に就職。現在はノンキャリ最上位の
高ポストで、かつてのレギュラーたちを制圧中?のこと。
学校スポーツのある意味の本質が、この辺に隠れてるのかもしれません。

Re: まいどです

pipco1980様

コメントありがとうございます。

学校スポーツという文化が根付いている日本、部活動とクラブチームは別という意識も強い上に、一人一つのチームにしか入れないというのは差別であり教育の一環とはかけ離れてます。ハッキリ言って平等の機会を子供のうちから奪っては子供がスポーツを楽しめないですし、スポーツ人口の低下しかもたらしません。
この本は即ち、日本スポーツ界の問題点を厳しく訴える目的にあると思います。

中高と野球部、かつ高校では甲子園常連校にいたのに万年補欠、にも関わらずその学校出身ということで就職に便利、ハッキリ言って学校のブランド力が優先されてるのかもしれませんね。学校スポーツの本質は学校のPRもあるんでしょう。
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