東西ドイツ統一、ユーロ導入、残した功績は数知れず

東西冷戦終結の立役者の一人がまた天へと召されました・・・。
おそらくこの人の重要度はかなり高いです。

引用

コール独元首相が死去、87歳 東西ドイツ統一実現 欧州統合を推進

 【ベルリン=宮下日出男】第二次世界大戦後、東西に分断されていたドイツの統一を1990年に実現した同国のヘルムート・コール元首相が16日、独西部ルートウィヒスハーフェンの自宅で死去した。87歳。独紙ビルトが伝えた。

 1930年、ドイツ西部ルートウィヒスハーフェン生まれ。46年、保守系キリスト教民主同盟(CDU)に入党し、西部ラインラント・プファルツ州首相などを経て82年10月から98年10月まで連邦首相を務めた。約16年に及ぶ在職期間は戦後の西ドイツ、統一ドイツを通じて最長記録。

 ポーランドなど東欧諸国の民主化の波を受け89年11月9日に「ベルリンの壁」が崩壊後、「10項目提案」を行い、東西ドイツの統一を推進。東西の通貨マルクを1対1で交換する通貨統合などを経て、90年10月3日、壁の崩壊から1年足らずで統一を実現した。

 当時のフランスのミッテラン大統領とは緊密な関係を築き、欧州統合を推進。現在の欧州連合(EU)の創設、欧州単一市場の実現や単一通貨ユーロの導入に大きな貢献を果たした。

 旧東独出身で現首相のメルケル氏を見いだし、91年に初入閣させたことでも知られる。早急な統一は独経済の負担ともなり、98年の総選挙で大敗。CDU党首を辞任後、首相在任中の不正献金疑惑も表面化した。

 最終更新:6/17(土) 1:54 「産経新聞」より
西ドイツ最後の首相として東西ドイツ統一に貢献し、その後も統一ドイツ初代首相としてドイツと言うよりヨーロッパ政界に君臨してきたヘルムート・コール元首相が16日に死去、御年87歳、今のヨーロッパはおそらくコール氏なしでは築けなかったと言えます。

長くCDU(キリスト教民主同盟)で活動し州首相まで務め、1982年に西ドイツの首相に就任したコール氏、在任中に起こった東欧革命とベルリンの壁崩壊による民主化の流れに乗り、東西のマルクを1対1で交換する通貨統合などを行い1990年に東西ドイツ統一と言う偉業を成し遂げたが、自分は分断されたドイツを再び一つにすると言う意気込みの表れでした。ベルリンの壁が崩壊して民主化したことにより、存在意義がなくなった東ドイツを吸収するのに長くはかからなかったと言うか・・・。

英仏などから懸念の声もあった東西ドイツの統一、自国の利益を犠牲にして英仏と緊密かつ融和関係を築き、EU(ヨーロッパ連合)創設、単一市場実現、単一通貨ユーロの導入など、ヨーロッパの統合路線に大きく貢献したことは大きいです。
「マルクを捨てたくない!」と言う反発を押し切りユーロを導入したことは、ドイツだけでなく周辺国の利益に貢献するために必要だって説いたんでしょう。

その後98年まで首相を務め、今のアンゲラ・メルケル首相を抜擢しその後につなげたことも大きく評価すべきだが、早急かつ旧西ドイツ主導での統一はドイツ経済の足かせにつながり、CDU党首を辞めた後に首相在職中に不正献金疑惑も発覚するなどネガティブな形での幕引きにもなったが、その後もドイツ政界に大きな存在感を見せたコール氏、ドイツにとってもヨーロッパにとっても偉大なる人物だったことは言うまでもないです。

コール氏の訃報について、メルケル首相も哀悼の意を示してますが、国葬にして国家規模でコール氏に最後のお別れをすべきです。

関連記事としてこちらも見て下さいませ。 → ドイツ再統一を果たした首相

theme : ドイツ
genre : 海外情報

comment

管理者にだけメッセージを送る

プロフィール

アジシオ次郎

Author:アジシオ次郎
FC2ブログへようこそ!

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
最新コメント
最新トラックバック
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード