ラモス、脳梗塞から復活

昨年12月に脳梗塞を発症し、一時はどうなるかと思いましたが・・・!!

引用

ラモス瑠偉氏 脳梗塞から涙の復帰会見「この通りに元気です」

 昨年12月に脳梗塞と診断され、リハビリを続けていたサッカー元日本代表MFでJ2岐阜元監督のラモス瑠偉氏(60)が2日、都内で退院&復帰会見を開き「お騒がせしまして、申し訳ありませんでした。この通りに元気です」と回復を報告。いつもは強気なラモス氏が涙で目を潤ませる場面もあった。

 昨年12月29日に自宅で倒れ、緊急搬送され、右中大脳脈の脳梗塞が見つかった。「脳梗塞と聞いてビビった。これで逝ってしまうんじゃないかって。再発があると聞いて逝ってしまうんじゃないかって。珍しくマイナスマイナスのことしか考えなかった。再発は怖かった」と診断が下った時のことを振り返った。その後、さまざまな検査を行い、「おかげ様で身体がキレイすぎてドクターが困っていた」ぐらいだったといい、「検査の結果は良かった」という。

 緊急入院から約1週間後の1月6日からリハビリを開始し、順調に回復し、同24日にリハビリテーション病院へ転院。1日計3時間のリハビリをこなし、2月14日に退院。その後は通院してリハビリを続けていた。同27日のMRI検査でも新たな脳梗塞は見つからず、経過は良好。順調な回復が確認されたが、まだ発症から2カ月足らずしか経っておらず、最低でも3カ月の休養は必要ということで、4月1日の仕事復帰を目指す。

 連日約3時間の回復メニューをこなしてきた成果もあり、ジョギングを開始するなど順調に回復。左半身に若干の違和感は残るが、言語障害はない。既に息子とフットテニスで対戦するなどボールにも触っている。ラモス氏は「神様からもう一度チャンスを与えられたと思っています。家族はもちろん、多くの方々に恩返しをし、世の中のために役立ちたいと思っています。これからも日本サッカー界に貢献して参りたいです。日本の子どもたちに夢を与えることや、東京オリンピックなどスポーツのますますの発展に携わっていけたら嬉しいです。まだまだ吠えるでー!」とコメントを寄せた。

 ラモス氏は77年にブラジル・リオデジャネイロから来日。読売クラブ、V川崎(現J2東京V)、京都で指令塔としてプレーした。89年には日本国籍を取得。日本代表としても“ドーハの悲劇”と呼ばれた93年W杯米国大会最終予選で日本をあと一歩でW杯へと導く活躍をした。98年に現役を引退後は、ビーチサッカー日本代表監督、東京V監督などを歴任。14年からJ2岐阜の指揮を執っていたが昨年7月、成績不振やクラブ体制の刷新を理由に解任された。

 [ 2017年3月2日 13:19 「スポーツニッポン」ウェブサイト「スポニチ Sponichi Annexニュース」より
サッカー元日本代表で最近ではJ2岐阜の監督を務めていたラモス瑠偉、そのラモスが昨年12月に自宅で脳梗塞を発症して倒れ、緊急搬送されたけど、その時は「脳梗塞と聞いてビビった。これで逝ってしまうんじゃないかって。再発があると聞いて逝ってしまうんじゃないかって。珍しくマイナスマイナスのことしか考えなかった。再発は怖かった」と突然死を覚悟するくらい追いつめられてたけど、年明けにリハビリを始めてからは順調に回復したと言いますから、現役時代さながらの負けず嫌いと言うか不屈の闘志で乗り越えたって思います。

ただ最低3ヶ月は休養せねばいけないし、活動再開は4月からになるけど、その間は回復メニューを続けることが正しいと思う。

「お騒がせしまして、申し訳ありませんでした。この通りに元気です」と都内の病院で退院及び復帰会見を開いたラモス、脳梗塞になりながらも後遺症を発症せず無事に回復したことはある意味すごいことだし、やはりそれでこそラモスだと思うね。

会見で涙を見せたラモス、いつもの強気なキャラもやはり脳梗塞から回復したことで今こうして生きていると言うことに感謝しての涙でしょうか。
家族、世間一般、そしてサッカー界にこれからも恩返しすることを誓ったラモス、盟友・カズこと三浦知良氏だってまだまだ現役でプレーしているんだから、まだまだ日本サッカー界に必要な人物だと思います。

theme : 生きること
genre : 心と身体

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