日本人初の1億円プレイヤー

今やプロ野球界で年俸1億円は珍しいものでは無くなったが、かつて年俸1億と言えば一流中の一流と言うステータスもだし、プロ野球選手=高給取り。と言うイメージを印象づけるものでした。
そんな1億円プレイヤーのパイオニアと呼ぶべきなのは、今季を持って中日ドラゴンズのゼネラルマネージャーを退任した落合博満氏なのは有名です。これが毎年のように平均年俸の増加につながっていったのは承知の事実。
そんなわけで今から30年前の今日1986年12月26日は、落合博満が日本プロ野球初の1億円プレイヤーになった日です。

1986年、当時ロッテオリオンズに在籍していた落合は自身3度目となる2年連続の三冠王に輝きますが、これにより日本人初の1億円プレイヤー誕生かと誰しもが思いましたが、ロッテのフロントは「親会社が地道にガムを売っているのに何が年俸1億円だ」と冷ややかな目で見てたのだった。
フロントとの関係がこじれ、また公私共に親身になって接してくれた稲尾和久監督がこの年で退任したことも影響し「稲尾さんのいないロッテに自分がいる必要が無い」と発言したことも決定的となっている。さらに稲尾の後任に同年現役を引退したばかりの有藤道世が就任し「監督を引き受ける条件として落合をトレードに出す」と公言したことも挙げられる。

これだけの実績を残しただけに獲得する球団が出るかどうか注目が集まったけど、当初は巨人が有力だったもののそこに中日ドラゴンズが参入、来シーズンから指揮を取る星野仙一が牛島和彦・上川誠二・平沼定晴・桑田茂の4選手との交換トレードと言う条件を提示し、これを成立させて世間をアッと言わせたのでした。
これに伴い1986年12月26日に年俸1億円となった落合、当時人気や経済的に格差が広かったセ・パだけに、不人気で経済的に余裕のなかったロッテには落合を引き止めるだけの力がなかったと言えますね。
1986年当時プロ野球界全体での平均年俸は1000万円を超えたこともあるが、当時と言うか昭和時代にはON(王・長嶋)よりも超えてはいけないと言う暗黙の了解がプロ野球界にあっただけに、それを破った落合は半ば先駆者的なものもあります。

落合が1億円プレイヤーになったことで後年と言うより平成になってから1億円プレイヤーが続々出てきたが、年俸高騰で球団経営を逼迫化させる要因になった負の面も少なからずあります。高年俸ゆえに一気に不良債権化するリスクもありますし・・・。

theme : プロ野球
genre : スポーツ

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