スポーツに「年功序列」「和」は不要

日本のスポーツって、どうも海外から見たらば特殊と見なされる部分が大ありだと思うんだよね。
その最もたるものとして、選手の自己主張力が弱い・年功序列がある・変に和を重んじる。と言うところが目立つけど、ハッキリ言ってこれらが日本のスポーツの最も変な部分と言うかどうしようもない課題だと思うんだよ。

スポーツの世界において、年長者と言うか指導者絶対体質が変にまかり通ってるのはどうもおかしい。
先輩後輩の縦社会と言うか体育会系的な価値観が平然とまかり通る日本社会、それがスポーツ界においてもまかり通ってるのはだから日本のスポーツ界は良くならないと一部の識者から指摘されるんじゃなかろうか。
年長者や指導者絶対で若輩者は引っ込んでいろ的な風潮がアマチュアやプロにおいても残ってるのって、正直年功序列をスポーツに持ち込んでるとしか思えない。まして競争・実力社会であるプロにおいてそれが平然と常態化してるのはいかがなものか?

現に海外のプロチームを見てご覧なさい。若いうちから自己主張をすすんでやってチャンスをもらってそこで結果を出してそこからスーパースターになった者が多いんだから、自己主張が強くなければいい選手になれないって言うのはスポーツ界の常識なんだけどね。だから海外で日本人の指導者があまりいない理由でもある。和を重んじるあまり尖った考えの実力者を敬遠するような者は海外、特に欧米やブラジルなどでは「あいつは好き嫌いで采配を振るっている」「若い選手にチャンスを与えようとしない、正直選手を尊重していない」ってダメな指導者のレッテルを貼られるだけ。
プロスポーツ選手である以上は自己主張力を磨くことも身につけねばいけないと思うが、ハッキリ言って年功序列を重んじる姿勢だけでなく和を重んじる姿勢もまたしかりだ。

前述したようにプロスポーツの世界は実力主義、チームの和を重視するあまり自己主張の強い尖った者を敬遠するのはハッキリ言って、自分の言うことを聞く者がいいと言う指導者のエゴにしか映らないし、イエスマンだけで固めてはチームや組織にとって弛緩な雰囲気しか出ず、勝負弱さを露呈するのがオチ。むしろ指導者に食って掛かるくらいの強い個性を持った者を入れたほうがチームの雰囲気がいい方向に行くのではないでしょうか。日本ほどスポーツの世界で和を重視するような国はすこぶる特殊。
チームワークは大事だが、それが間違った方向に行ってはチームとして機能しなくなるのは必然だ。

情けないことに、どうも日本のスポーツ界は自己主張力の強い人間を敬遠する嫌いがあるんだよね。
組織にとって自分に都合のいい者でなければいけない理由はあるのかと言いたくなるし、結局はイエスマンばかり雨後の筍のごとく増やした教育にも問題は大ありだ。その弊害はスポーツにだって及んでる。とりわけ現場以上にフロントほどそう言う傾向は目立つ。
1979年に当時ヤクルトスワローズの監督だった広岡達朗氏はシーズン途中で辞任したけど、上層部にすれば自分たちにああこう意見を言う人間は煙たいんでしょう。広岡氏の場合チームの為を思って意見したのにそれを良しとしないフロントとで揉めたことにある。また野茂英雄が1994年オフに契約更改の席でフロントと揉めて交渉が決裂し、当時所属していた近鉄バファローズと喧嘩別れ同然で退団して最終的にメジャー行きを決断したケースもだけど、実力者や功労者であっても自分たちにああこう意見する人間はフロントにとって「厄介者」としか見なしてないんでしょう。変に和を重んじる風潮による弊害と取れるし、これではチームの為に100パーセントならないと思う。正直フロントはチームを考えてるのかとも言いたくなる。これでは自分の保身しか考えてないもいいところ。

今後日本のスポーツが発展するには、和や年功序列と言った考えを捨てることが大事だと思います。
プロは実力社会、それと間逆な考えを有難がっているようでは選手、そしてチーム・組織の為にはなりません。セルジオ越後氏や桑田真澄氏もそうかねてから言ってるんですけどね。

theme : これでいいのか日本人
genre : 心と身体

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