「パンよこせ!」ヴェルサイユに殴り込み

バスティーユ牢獄襲撃事件と並んでフランス革命初期の出来事として有名なヴェルサイユ行進、これにはバスティーユ牢獄襲撃以前からあった王室や貴族などは優遇される一方で庶民、いわゆる第3身分の暮らしは厳しく不満が溜まるようになりましたが、この事件のきっかけは相変わらず贅沢三昧に明け暮れる王室への怒りも背景にあります。
そんなわけで今から227年前の今日1789年10月5日はヴェルサイユ行進が起こった日です。

1789年にバスティーユ牢獄を襲撃したことにより勃発したフランス革命、バスティーユ牢獄襲撃後物価が上昇しとりわけ穀物の価格上昇は半端無く売り渋りまで起こり、それに伴いパンの値上げも起こったのだった。
庶民にとって大事な主食であるパンの価格上昇はただでさえ厳しい生活を直撃し、それについて全く対処しようとしない国王ルイ16世以下ヴェルサイユに対する庶民の不満は日増しに高まった。それどころかルイ16世が人権宣言を蹴ったことで庶民の怒りに火に油を注いだのです!!

1789年10月5日、その知らせが届くと「国王一家をヴェルサイユからパリに引きずり込もう!」と庶民は動いてヴェルサイユ宮殿に向けて女性たちを中心に行進したのです。
道中で「我々は窮乏している! その現状に目を向けろ!」「我々が極貧生活に喘いでいるのに王室はいい暮らし、もうこんな不条理は許せない!」「全ての元凶はオーストリア女(ルイ16世の妻で王妃マリー・アントワネットのこと)だ!」と怒りをぶちまける形でヴェルサイユ宮殿へとたどり着いたのでした。

そうとは知らず趣味の狩りを楽しんでいたルイ16世、宮殿に戻るや否や大勢の群衆を前に人権宣言を受け入れてヴェルサイユ宮殿からパリのテュイルリー宮殿に移ったのでした。
これが現代の独裁国家だったらまず鎮圧されかねないが、言われた方が主義主張を掲げる側の言い分を理解することで穏便な形で解決。これには革命勃発と人権宣言を蹴ったことで王室に対する不満が高まりかねない状況だっただけに、ルイ16世とすれば庶民の主張に耳を傾けざるを得なかったと言える。

ただこれはまだ革命の始まりに過ぎなかったのです。それ以降についてはここでは触れません。

旧体制をブッ壊し新たな体制を作ろうとした市民、それを認めようとしなかった王室、結果市民の怒りを招いたわけだが、不条理なことにはデモや集会に訴えるフランスの国民性はここからだったと思うと、やはり権利と主義主張を訴える為には行動に移さねば何も変わらないと言うのはいつの時代も変わらないです。

theme : 歴史
genre : 学問・文化・芸術

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