イスラエルの数少ない「良心」ペレス前大統領が

今や右傾化傾向にあるイスラエルにおいて、数少ないパレスチナに同情的な姿勢を取ってたんですけどねェ・・・!!

引用

イスラエルのペレス前大統領が死去、93歳 ノーベル平和賞受賞

【中東支局】イスラエルのシモン・ペレス前大統領(93)が28日、中部の最大都市テルアビブ郊外にある入院先の病院で死亡した。英BBC放送など複数のメディアが伝えた。脳卒中のため13日に入院し、治療を受けていた。ペレス氏は、中東和平への貢献で1994年にノーベル平和賞を受賞している。

 ペレス氏は、23年にポーランドで生まれ、幼少期に英国の委任統治下にあったパレスチナへ移住。早くから政治・軍事活動に身を投じ、48年のイスラエル建国後は首相や国防相、外相などの要職を歴任した。

 外相時代の93年には、対立するパレスチナ解放機構(PLO)のアラファト議長(当時)との間で、パレスチナ暫定自治やパレスチナとイスラエルの相互承認を定めた「オスロ合意」を実現。翌年、当時のラビン首相、アラファト氏とともにノーベル平和賞を受賞した。

 2007年からは名目的な国家元首である大統領を務めた。14年の大統領退任後も公の場で国内の経済問題などについて活発に発言してきたが、今年1月に胸の痛みを訴えて2度にわたり入院。高齢でもあり、健康状態が不安視されていた。

 最終更新:9月28日(水)13時29分 「産経新聞」より
1993年にパレスチナヤセル・アラファト議長イツハク・ラビン首相との間に和解の場を設けたオスロ合意を実現させ、同年ノーベル平和賞を受賞するなどイスラエル政界において穏健的な立場を取っていたシモン・ペレス前大統領(1993年当時外相)が死んだって言うけど、大統領退任後もイスラエル政界で影響力を持っていただけに残念です・・・。

残念と言えば、オスロ合意を実現させてパレスチナを認めた功績がそうであるように、イスラエルにおいてパレスチナ寄りな姿勢だったことからイスラエルにおいて数少ない「良心」だったペレス氏、現在のベンヤミン・ネタニヤフ首相の強硬振りに頭を悩ませたせいで病気を患ったんじゃと思うね・・・。
「力による介入では何も解決できん、私はパレスチナの立場も尊重して対話による解決を望んでたのに・・・!!」と。

ラビン首相暗殺後は首相を務めたものの、パレスチナ問題の解決どころか悪化させてしまい結果ネタニヤフやアリエル・シャロンなどのタカ派がつけ上がる要因を作ってしまったが、火中の栗を拾って失敗したってことだ。
ペレス氏のような良心に基づく姿勢を取る者が嫌われ、ネタニヤフやシャロンのようなタカ派が喜ばれる今のイスラエル、イスラエルは力による姿勢でパレスチナを抑圧しているように見えるが、それではかつて自分たちを抑圧し虐殺したナチスと全く変わらない。そんな現状をペレス氏は憂いたことで心労から健康不安を起こして死んだと言うことですかね・・・。

数少ない良心を失ったイスラエル、これでますます右傾化しそうだ。国際社会の反発を無視して入植地を拡大しそうでまた中東に災いをもたらしそうです・・・。

theme : 中東問題
genre : 政治・経済

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