大橋巨泉死去

また一人昭和のテレビを彩った「レジェンド」が天国へと旅立ちました・・・。

引用

大橋巨泉さん死去 82歳…11PM、クイズダービー がん闘病11年

 テレビ司会者、放送作家などマルチタレントとして人気を博した大橋巨泉(おおはし・きょせん、本名・大橋克巳=かつみ)さんが12日午後9時29分、急性呼吸不全のため千葉県内の病院で死去した。82歳。東京都出身。

 葬儀・告別式は親族のみで行った。喪主は妻・寿々子(すずこ)さん。後日、しのぶ会を開く予定。

 2005年からがんの手術を繰り返し受けていた巨泉さんは今年4月に都内の病院に入院し、5月からは病院側のすすめで集中治療室に入っていた。6月には20年以上続いた週刊誌の連載が終了していた。

 1934年(昭和9年)生まれ。早大政経学部在学中からジャズコンサートの司会者として活動。のちにジャズ評論家、放送作家と活動の幅をひろげたのがきっかけで、テレビ司会者に。1965年11月スタートの日本テレビ系「11PM」でテレビ司会の世界に進出し、69年10月に始まった同系バラエティー番組「巨泉×前武ゲバゲバ90分!」が大ヒット。「野球は巨人、司会は巨泉」のキャッチフレーズにパイロット万年筆のテレビCMでの「はっぱふみふみ」のセリフなどは流行語にもなったが、スポーツから競馬、麻雀、社会問題までの教養の広さは、お茶の間に多くのファンがいた。

 70年代にTBS系「クイズダービー」、80年代は同「世界まるごとHOWマッチ」など、司会を務めたクイズ番組が大ヒットしたが、56歳になった90年3月に「セミリタイア」と称して、一部の番組を除いて芸能界の表舞台から身を引いた。その後70年代から経営するギフトショップに携わりながら、オーストラリア、ニュージーランド、カナダに住み、時折日本のメディアにも顔を出していた。

 01年に当時の民主党から立候補し、比例代表で参院議員に。しかし、安全保障問題をめぐり党の方針と対立し、6カ月で辞職。05年に胃がんを患うと13年以降は転移を繰り返し、昨年10月にはがんとみられるリンパ節の除去手術を受けていた。

 [ 2016年7月20日 09:28 「スポーツニッポン」ウェブサイト「スポニチ Sponichi Annexニュース」より
11年前に胃がんを患ってからは病と戦い、あまり公に出ることがなかったけど、今月12日に急性呼吸不全で亡くなった大橋巨泉氏、ついこの前永六輔氏が亡くなったのに続いてまた一人昭和のテレビを彩った人が亡くなった、巨星墜つと言いましょうか・・・。

ジャズ評論家から始まって放送作家、テレビ司会者になって「ゲバゲバ90分」「クイズダービー」「11PM」「世界まるごとHOWマッチ」など昭和のテレビ史に名を残す番組で司会を務め、いずれもヒットするなどヒットメーカーの名を欲しいままにしてきたのは有名だし、私も巨泉氏はこれらの番組のイメージでしたからねェ・・・。初めて黒縁メガネが似合うテレビ有名人だったと言う記憶もあります。

90年代になると海外に移住しあまりテレビに出ることはなかったが、自分がテレビを牽引する時代では無くなったと言う心境からだったんでしょうか。

まさしく、昭和のテレビ界を牽引してきたレジェンドの一人です。また一つ昭和が遠い時代になりつつあるなァ・・・。
「世界まるごとHOWマッチ」でビートたけしさんと軽妙なやり取りを繰り広げたことも遠い記憶です・・・。巨泉氏の訃報にたけしさんも苦痛だなァ。

theme : 訃報
genre : ニュース

comment

管理者にだけメッセージを送る

プロフィール

アジシオ次郎

Author:アジシオ次郎
FC2ブログへようこそ!

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
最新コメント
最新トラックバック
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード