テスト・受験重視教育の弊害

 今や幼稚園や小学校まで及んでいる「受験戦争」、そのせいか教育現場における学習内容はどうもテストや受験を意識したものに偏りつつあるのが現状だけど、そんなにテストや受験に重みを置く学校教育で果たしていいものかって疑問にも思うよ。

 1970年代から教育現場ではいい学校には入れ、いい企業には入れ、その為にはテストや受験に勝つことが何よりだと言う風潮が、質より量の詰め込み教育をよしとする意識が出るようになったのだから、受験戦争を煽ったのも当然かも知れない。
 過度の競争を強いて、勉強しろと学びを半ば「強制」させたせいで、エリートか落ちこぼれかのレッテルを貼るような風潮がよしとされたんだから、それを推進した文部科学省は一体日本をそんな国にしたいのか? これからを担う世代をみんなエリートにしたいのだろうか。過度に受験を煽るのはエリートを変に神格化してる弊害としか思えない。最近の韓国やインドみたいにいい学校に入ったほうが人生に箔が付くと言う意識が子供はイザ知らず親までもそう出るんだから、これでは自分のステータスしか考えてないと思う。ましてそれを世論が煽る、受験戦争って何か受験に勝つことしか教えてないだけで幅広い見方を知らなくなると思うよ。
 結果自分のことしか考えない自己中心的で周りを全く見ない近視眼的で偏屈な「井の中の蛙」になるだけです。

 ハッキリ言って、今の日本は教育制度が今のままでいいのかって思わないのが不思議なんだよね。
 日本は今後何でアピールするのか? どんな人材を社会に送り出したいのか? そう言った根本的な考えがなく、ただ学習要領を増やすべきだとか小学校から英語を習わせるべきだとか、目的が全く見えないんだよね。学力低下が懸念されてるから量と時間を増やせって偏差値しか見てない感じがして、相変わらず詰め込み教育に幻想を抱いてるんだなって思います。そんなことでは国の将来像も未来想像力も全くと言っていいほど描けてない。

 今まで日本の教育はテストや受験ばかりを重視するあまり、テストで良い点を取ったり受験に勝利しただけで人生の勝利者になったって自惚れる、結局のところ幅広い見識も見方も持てない人間ばかりが増えたせいで国際競争力の低下を招いているけど、過度の受験戦争が人生の競争、世界との競争を全く知らない「井の中の蛙」人間を工場で大量生産するかの如く出てきてるのも強ち的を得てます。
 文部科学省はハッキリ言って今後の日本はどうあるべきかを改めて考え直すべきじゃなかろうか。テストや受験ばかりを重視する知識偏重・偏差値至上主義では幅広い見方を知らない、テストで良い点を取ったり受験に勝てばそれでいいなんて考えはこんなのは低い目標設定、低い志だとしか思えない。

 人生は長いんだから、テストや受験ばかり意識するようじゃ中長期的な将来像が描けないです。
 変に偏差値を重視する教育の弊害とも取れます。テストで良い点を取ったり受験に勝ったからってそれで満足するな!! そうさせるな!! 長い人生においてそんなことは一部だ!!
 この前のインドにおける集団カンニング事件だって、過度にテストや受験を煽る風潮が行き過ぎた弊害以外の何物でもないですよ。こう見ると、過度に受験を煽らないフィンランドの方が進んでるなァとつくづく思います。

theme : 偏差値教育の問題
genre : 学校・教育

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