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多目的トイレのイメージをも悪くしたアンジャッシュ渡部

 複数の女性との不倫が発覚して活動自粛へと追い込まれたアンジャッシュ・渡部建、正直情けないとしか言い様がないけど、なぜ情けないかと言うと、不祥事を起こしながら雲隠れして表に出てこない上に、自身の不祥事について相方・児嶋一哉と妻の佐々木希が謝罪行脚していることにあるんだよね。自身の問題をなぜ周りが謝って本人は表に出て謝罪しないのかは疑問でしかないが、当の渡部は謝罪文書を出しただけなんだから、これは学歴について不適切な発言をしたにも関わらずツイッターで謝罪した蓮舫と全く変わらない。

 何より今回渡部の起こしたスキャンダルにおいて風評被害を被ったのが多目的トイレで、渡部は六本木ヒルズの多目的トイレで女性と不適切な行為に及んでたことから「多目的トイレ不倫」なんて報じられ、結果六本木ヒルズの多目的トイレには野次馬が押しかける事態にもなったが、関係者にとってハタ迷惑でしかない。
 この騒動のせいで六本木ヒルズでは多目的トイレを改装することを検討してるけど、六本木ヒルズ側は渡部に対して損害賠償でも要求すべきなんじゃとも思うね。
「本当のことをいえば、渡部さんに賠償してほしいぐらいです」なんて言う関係者もいるし。

 本来赤ちゃん連れの母親や身体障害者などが優先して使う多目的トイレだが、実際にはカップルが不適切な行為に及んでトイレットペーパーを散らかしたり使用したコンドームをトイレに流すという行為も相次ぎ、周辺住民から苦情が絶えないのも事実、正直コレは目的外使用であり違法行為ではないのか。
 一部の者の目的外使用が目立つせいでイメージも悪くなってる多目的トイレだが、今回の渡部のスキャンダルはそれに追い打ちをかけている感じがする。
 だったら監視カメラでも設置して目的外使用を取り締まれと言いたくなるが、プライバシーへの配慮から設置に踏み切れないのも事実、だとしたら防犯設備強化しかないでしょう。その為に警備員も配置せざるを得なくなるが、余計予算が嵩むリスクが大いにある。

 芸能人としての評価を下げただけでなく、多目的トイレのイメージを悪くした渡部の罪は大きい。
 多目的トイレなんて名称、その名称が何をしてもいいという勘違いが出て結果としてやりたい放題する輩が出てくる始末なんだから、公共交通機関にある優先席のように「優先者トイレ」に変えたほうがいい。赤ちゃんと母親、障害者、妊婦、ケガ人のイラストでも書いて表記するなど対策も必要だとは思うよ。それと目的外で使用した者には罰金を課すなどしたほうがいい。
 渡部についてもう一つ言えるのは、今回のスキャンダルで六本木ヒルズから❝出禁❞を喰らいそうな気がする。

theme : このたわけ者ッ!!
genre : ニュース

歴史への「断罪」が止まらないアメリカ

 最近のアメリカにおいて頻発している人種差別への抗議デモや集会、その延長でアメリカの歴史における重要人物の銅像がターゲットになっているわけだが、アメリカ大陸を発見したあのクリストファー・コロンブスをはじめ南北戦争時の南軍の将軍などの像が前者は「先住民族虐殺の象徴」、後者は「奴隷制及び人種差別の象徴」として抗議デモ参加者から攻撃を受けているけど、アメリカの歴史に欠かせない人物まで批判の矛先を向けるのは過去の歴史を断罪して何を訴えたいのか? 理解不能を通り越してます。

 コロンブスや南軍の将軍の像だけでなく、ニューヨークにあるセオドア・ルーズベルト第26代大統領の銅像が「人種差別の象徴」と見なされて撤去されたけど、ここまでやるかと言いたくなる。セオドア・ルーズベルトが人種差別の象徴という表現、確かに日本に対して寛容だったのが後に反日に転じたから人種差別主義者という表現は当たってるかも知れないが、だからといって今の時代に断罪するのはどうかしてます。
 さらにアンドリュー・ジャクソン第7代大統領の銅像にロープをくくりつけて引き倒そうとしたデモ隊をテレビのニュースで見た人もいるだろうけど、アンドリュー・ジャクソンが生前に多くの黒人奴隷を所有していたことから奴隷制の象徴の上にまたネイティブアメリカンを対象虐殺したから許せないという理由で攻撃しているわけだが、自国の歴史に対する断罪行為が止まらないアメリカ、だったら建国の父であるジョージ・ワシントン、さらに排日移民法を制定したジョン・クーリッジ第30代大統領や日系人の強制収容など対日強硬姿勢を展開して日本を戦争へとけしかけたフランクリン・ルーズベルト第32代大統領、広島や長崎への原爆投下を実行したハリー・トルーマン第33代大統領も差別(大量虐殺)の象徴と見なして攻撃されかねない。クーリッジやフランクリン・ルーズベルト、トルーマンは今の時代であれば非難されそうだが、当時と今じゃ価値観が全く異なるし、現代でそれらを断罪したところで歴史が変わるわけでもない。

 銅像や記念碑への相次ぐ攻撃について「現在の尺度で過去を一面的に断罪し、米国が積み重ねてきた歴史を否定する行為」と批判している識者もいるが、歴史上の人物や出来事について現代の価値観で一方的に責めることは歴史に対する侮辱以外の何物でもないということでしょう。コロンブスなどの銅像を壊す行為は許されないが、一方で反日プロパガンダの象徴であり被害者ビジネスの象徴以外の何物でもない慰安婦像は撤去したほうがいいけど。
 そんな中でドナルド・トランプ大統領はアメリカの歴史において重要な人物の銅像や出来事を称える記念碑への攻撃を止めさせるべく大統領令を出すことも辞さない姿勢を取ってるけど、アメリカの歴史を否定することは許されないというナショナリズムに取れるし、アメリカ国内の歴史認識問題論争を収束させたい狙いもある。
 今回の銅像や記念碑に対する攻撃について保守的なアメリカ人からすれば「アメリカの歴史を否定する大それた行為」「銅像や記念碑を破壊した者はアメリカから出ていくべきだ」って言いたくなるでしょう。

 今の時代の価値観を理由に過去の歴史を断罪して否定しようとするのは間違いな上に歴史に対する侮辱でもあると述べたが、そういう理屈で欧米諸国は奴隷制や植民地政策といった過去の自らの加害行為について謝罪しないんだろうね(一方でユダヤ人に対しては過去の加害行為に謝罪の意を示しており、ダブルスタンダードなところもあるが)。
 歴史への断罪行為が止まらないアメリカ、明らかにアメリカ国内において歴史認識問題が勃発している感もするけども、今まで白人中心で動いてきた歴史の問題点を浮き彫りにしたとも推測する。白人から見た歴史観、アジア人や黒人などから見た歴史観では全く視点も論点も異なるが、多民族国家であるアメリカのことだから、いずれこうなることは明らかだったと思う。アメリカでこのような動きがあれば、いずれイギリスやフランスなどでも同様の動きが出かねません、現にイギリスでは奴隷商人やウィンストン・チャーチルの銅像が攻撃されてるように。

theme : 歴史認識
genre : 政治・経済

抗議デモから歴史認識論争に発展?

 アメリカ・ミネアポリスで黒人男性が白人警官に膝で首を押さえつけられて死亡した事件で、再び人種差別を許すなという抗議デモや集会がアメリカのみならず全世界で発生しているけど、人種差別を許すなという訴えに加えてアメリカ国内では南北戦争時の南軍の将軍の銅像や、アメリカ大陸を発見したあのクリストファー・コロンブスの銅像に対して「先住民族虐殺の象徴だ」と抗議の矛先を向けているけど、人種差別への抗議なのに視点がズレて歴史認識論争に発展したとしか思えないんだよね。
 他にもアメリカの軍施設の名前が南軍の将軍にちなんでいるから名称を変えろというクレームまで出てくる始末、南軍=奴隷制支持。ってイメージだからそんな名前がつけられているのは不謹慎極まりないって主張だけども、現代も根強く残る差別問題がいつしか過去の奴隷制まで遡るというのは、アメリカにおいて歴史認識論争が起こっている感じがしてならないです。また映画「風と共に去りぬ」も奴隷制に関する表現が問題視されて配信中止へと追い込まれたが、そこまでやるかと思うよね・・・。
 そのうち初代大統領であるジョージ・ワシントンについても「先住民族抑圧及び奴隷制支持の象徴」と見なされて攻撃対象になるんだろうかと思うと、アメリカにおいて歴史見直し論争に発展しそうだが・・・。

 アメリカのみならずヨーロッパでも同様のことが起こっている。
 イギリスではかつての奴隷貿易の時代に富を築いた奴隷商人の銅像が人種差別・偏見の象徴だとして壊されて川に投げ込まれるというニュースもあり、その様子がテレビのニュースで報じられたことで見た人もいるだろう。
 イギリスにおいて自国に巨大な富をもたらしたとしてその功績を称える意味で作ったこの銅像だが、一方で人権団体やアフリカ諸国などから「奴隷制度や人種差別を美化するとんでもないものだ」って今まで非難されなかったんだろうかと思うね。奇しくも奴隷貿易廃止を真っ先に訴えたのはイギリスなのだが・・・!? こう見るとイギリスにおいて奴隷貿易に対する認識論争でもあるんだろうかと思うが、もしあったら日韓とは比べ様がないね。
 それに奴隷商人の銅像があるってこと自体、さすが世界史において侵略と植民地支配を重ねまくってやりたい放題をしてきたイギリスらしいと言えばそれまでだが、イギリスにおいて奴隷商人は自国に多大な利益をもたらした有益な人物という認識が強いんでしょうね。現に奴隷貿易で繁栄した都市もあるくらいだし。
 またベルギーではコンゴ(現コンゴ民主共和国)を私有地として現地住民に残虐な仕打ちを行ったことで歴史に名を轟かすレオポルド2世の銅像に赤いペンキがかけられたってニュースもあったが、奴隷制度の時代だけでなく植民地政策の時代にまで非難の矛先を向けているとしか言い様がないけど、自国の歴史において自国に多大な富をもたらしたことで讃えられるべき人物が今や嫌悪されていると思うと、時代の流れは怖ろしいっていうか・・・(どっちみちレオポルド2世はあのアドルフ・ヒトラーに匹敵する残虐性があるけど)

 こう見るとなんか今の欧米において奴隷制度や植民地政策は残酷だったって認識が変わりつつあると思うが、今の世代がそれをヒドかったと思ったところで何も変わらない。かつてアジアやアフリカなどを遅れた野蛮な文明と見なして侵略及び植民地支配してきた歴史を持つ欧米諸国。それに対する認識はというと「現代では違法で『人道に対する罪』になるが、当時は合法だった」って考えを変えていないのも事実。今の欧米人にすれば自分たちのご先祖がしたことをなぜ我々がその責任を負わねばならないのかってことだよね。今と昔では倫理観がえらく変わったことを裏付けます。

 現代の問題なのに過去の歴史にまで批判の矛先を向けてエスカレートさせたところで何もならないと思うが、欧米における歴史観は揺らぎつつあるんだろうかねェ・・・。今も続く人種差別の問題は常に歴史がつきまとっているとしか言い様がない。

theme : 情報の後ろにある真実
genre : 政治・経済

「著名人は政治を語るな」?

 検察庁法改正への抗議が芸能人からもツイッターで批判が相次ぎ、これについて「政治を語るな」って批判が相次いだことは記憶に新しいが、今度はアメリカ・ミネアポリスでの白人警官による黒人男性殺害事件に対する抗議の書き込みを著名人がツイッターで発信したことで、また賛否割れる事態となったわけだが、日本はなぜ芸能人など著名人が政治や時事問題について語っただけで批判されるのか? 相変わらず「有名人は政治や時事問題に関わるな」って空気が蔓延しているとしか思えない。

 この風潮に対してプロテニスプレーヤーの大坂なおみがツイッターで「アスリートは政治的な話題に首を突っ込むべきじゃない。ただ楽しませるだけでいい、と色々な人に言われるのが本当に大嫌い。まず、私が言っているのは人権の問題よ」ってスポーツ選手はプレーで人を沸かせればいい、政治や時事問題に関わってはいけないという「政治とスポーツは別」を利用したクレームへの抗議コメントをしたけど、スポーツ選手等が政治に口を出しちゃダメなんて言うなら、誰が政治に口を出していいのかってことなんだよね。
 スポーツ選手や芸能人など著名人だって一人間、自分の主義主張を訴えて何が悪いのかって考えにも映る。ましてスポーツの舞台でなく世間一般、公の場で言うのは「スポーツに政治を持ち込む行為」に当たるのだろうか?

 長年日本に根づいてしまった「政治の話はタブー」という風潮のせいでこうなったと思うと、今までの日本の社会に問題があると思うわ。
 政治や時事問題についてすすんで興味・関心を持つことを磨くことを軽視した責任はかくも大きい。だから若者の政治離れが進むんじゃないのと思うよ。国民が政治に関心を持たなければ衆愚政治化して社会というか国家がダメになる一方だ。
 あと「沈黙は金」なんて考えが良しとされる日本、面倒なことには黙っている方がいいなんて考えもまたこんな風潮を助長させてるとしか思えないが、欧米みたいにディベートを教育現場などでやらなかったせいで自分の意見を持てず黙っている方がいいという考えを良しとするようになったけど、これでは日本人は自己主張の弱い人間だと思われる一方だ。だから日本は国際社会でなめられるって思わないのかと言いたくなる。
 著名人が政治の話をするななんていう人達には「そういうあなたたちはテレビのニュースや新聞を見てるんですか? ニュースを見てこの出来事について自分はこう思うって考えはないんですか?」って言いたくもなる。
 ただ著名人もことの真偽を確かめず自分の思いつきだけで主張すれば叩かれることを考えねばいけません。

 今まで日本社会が政治や時事問題にすすんで興味・関心を持たせることを軽視した上にディベートの重要性を棚上げしてきたから「著名人が政治や時事問題に言及するな」なんて風潮がまかり通ったのではなかろうか? 著名人だって一人間、政治や時事問題に言及することは悪いことじゃない。無論それは我々国民一般にも当てはまることなんじゃないの? 日本は中国などの独裁国家とは違って「言論の自由」があるんだから、それを尊重すべきだ(とはいえ限度と責任はつきものだということも理解すべき)。

theme : これでいいのか日本人
genre : 心と身体

東京「第2波」発生の危機

 先日COVID-19感染者が34人に上った東京、いわゆる「第2波」の危険が現実のものとなりそうな状況となっているけど、緊急事態宣言が解除されて安堵感が出た為か夜の街にまた人が繰り出す傾向が出てきたわけだが、これが「第2波」の震源地になる懸念もあって、また夜の街を取り巻く状況が険しくなったと言える。

 居酒屋など通常の飲み屋は営業再開した一方で、キャバクラやホストクラブといった接待を伴う飲食店はまだ営業自粛対象で、営業再開の目処がまだ出ていないにも関わらず営業している店も少なくないが、営業自粛対象でありながら営業しているのって理由があるはずだ。
 それはいつ休業補償が来るのか? という不安及び営業して売上利益を出さなければ家賃が払えないし自分たちが食いっぱぐれる懸念がある。という理由でやむなく営業している店もあるわけで、休業したくてもそうなれないっていう理屈に映るんだよね。でも問題となっている「自粛警察」のターゲットになりかねないが。

 第2波を懸念してか小池百合子東京都知事は東京アラートなるCOVID-19感染状況を出したついでに、営業を再開した施設に対して休業再要請の可能性も出すことをちらつかせてますが、再要請だけでは効果がないことぐらい分かるでしょうよ。
 第2波の震源が夜の街だった場合、夜の繁華街に休業要請を出しそうだが、ただ「休業しろ」というのではなく明確な理由を発信すべきだし、また休業補償を出すと店側に約束したほうがいいのでは?
 とはいえ「なんで水商売っていうか風俗産業なんかに税金を充てるのか?」って批判もありそうだが、ただでさえ風俗産業は偏見を持たれやすい業界だからなァ・・・。

 それと東京アラートなんて警告、総合的な判断をって言うけどさ適当過ぎないか? 大阪とえらく異なるわ。
 休業再要請の判断を総合的に決めてほしいなんて正直適当としか思えないし、休業要請する理由を向こうに発信して理解を得ることが大事なんじゃないの?
 再び増加した東京における1日のCOVID-19感染者数、ここで対応を誤れば経済や市民生活に悪影響が出ることは必至だ。市民も市民で緊急事態宣言が解除されたからって安心してはいけないと気を引き締めるべきだ。例えば夜間外出を自重するとか、不要不急の外出を控えるとか、他国では第2波が出たことでそれを他人事のように見てはいけないとか、考えましょう。

theme : COVID-19
genre : 政治・経済

「一つのことだけやっていろ病」

 世間からの批判の末に❝見送り❞となった検察庁法改正案、安倍政権が黒川弘務東京高検検事長を変に気に入って検察幹部の定年を延長したことで「公務員優遇だ」とツイッターなどで批判が相次いだ為か見送りに追い込まれたわけだけど、ツイッターにて検察庁法改正案に反対する書き込みを発信したのは芸能界からもあったけど、これについて批判があったのも事実なんだよね。

「芸能人が政治のことを語るな」「売名行為」なんて批判が世間から出たけども、芸能人が政治や時事問題について語ることを許さない風潮が日本社会において根強くあることを裏付けたと思うが、政治的なコメントをした芸能人に対して批判的な意見が出てくる理由として「芸能人は芸だけやっていればいい」という単純かつ画一的な傾向にあると思うんだよね。
 アメリカではハリウッド俳優や女優が政治や時事問題についてすすんで発言するけども、これに対して批判的な意見などまずない。これにはアメリカにおいて政治や時事問題は国民にとって身近なものであるという意識が強く、子供のうちからディベート教育だったり政治や時事問題に対する関心を磨く教育をやっているから有名人でも政治的なコメントをするけども、社会的影響力があるハリウッド関係者が言うことで国民にも響くってことだ。
 それに引き換え日本、長年「政治の話はタブー」なんて風潮をまかり通らせたせいで国民の政治や時事問題に対する関心力の薄さをもたらしているわけだが、教育現場においてただ勉強だけ教えてテストで競わせるだけの知識偏重教育をすすんでやってきたせいで政治や時事問題に対する理解力、そして人間教育を疎かにしてきたせいでお花畑脳ばかりな人間だらけになったんだから社会の責任が大きい。一つのことを極めればいい、他のことはやるななんて単純過ぎる傾向を良しとしてきたから芸能人は芸だけやってろなんて同調圧力的な空気を生み出すんだよ。かねてから同調圧力なんてもんなまかり通り日本、集団主義の悪いところはこういうところもだ。

 ただ勉強だけ教えてテストで競わせる知識偏重教育を有難がる教育現場や、スポーツの技術を磨くことだけに偏重したスポーツの現場に代表されるように、日本は一つのことだけ極めればいいという空気が根強い社会なんだとつくづく思うのだが、一つのことだけ極めて他にことについて無知。そいつが他のことをするのを良しとしないなんてことじゃ単純な人間しか生まれない。今回検察庁法改正案に反対する書き込みをした芸能人に対する批判は、芸能人は芸だけやってればいい、他のことは考えるな、首を突っ込むななんて変な圧を加えるだけの「お節介」もいいところ。芸能人が政治について語って何が悪いのか? 芸能人が語ることで世間にこの問題に対する関心が強まると思いきやそうじゃないのって、日本がよほど政治や時事問題に対する理解力が低いことを露呈するものではなかろうかと思うね。あらゆるリテラシー教育を軽視したツケの弊害でもある。
 一つのことだけやってそれを極めたところで立派とは思わない。幅広い見方や価値観を知らない視野の狭い人間になるだけでそこに一般常識も社会教養もないが加わったら余計悪いよ。そうなると日本人は教養のないバカな子供ばかりってイメージを外に晒すだけで恥ずかしくなる。
「一つのことだけやっていろ病」、これも日本社会のどうしようもない欠点だと思うと情けない。

theme : これでいいのか日本人
genre : 心と身体

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アジシオ次郎

Author:アジシオ次郎
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