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ゴールデンアックス(メガドライブ版)

このゲームはメガドライブ初期の頃に人気を博したアーケードからの移植作だが、テクノスジャパンからリリースされた「ダブルドラゴン」シリーズと同様にベルトスクロールアクションゲームの走りとも言えるものです。
このゲームの名は「ゴールデンアックス」、「ダブルドラゴン」や後年カプコンからリリースされた「ファイナルファイト」は現代を舞台にしているが、本作は中世ヨーロッパを舞台としたファンタジー世界が舞台で、タイプが異なる3人のキャラを操作して(2人プレイも出来る)敵を倒しながらステージを進んでいき、最終ボスを倒すというシンプルなものです。
そんなわけで今から30年前の今日1989年12月23日は、セガから「ゴールデンアックス」のメガドライブ版が発売された日です。なぜメガドライブ版かって? 私はこのゲームをメガドライブで知ったので・・・。

1989年12月23日にメガドライブ版ソフトとして発売された「ゴールデンアックス」、ストーリーは魔人デス・アダー率いる軍団によってサウス=ウッド王国は滅ぼされた上に、王と姫がデス・アダー軍に捕まったことから、王と姫を救出すべく立ち上がった3人の戦士がデス・アダー軍と戦う。というもので、この3人の戦士はいずれも家族をデス・アダー軍によって殺され、その復讐も兼ねていると思うと、分かりやすいストーリーです。
プレイヤーキャラはバランスタイプのアックス・バトラー、パワータイプのギリウス・サンダーヘッド、スピード及び魔法タイプのティリス・フレアーで、それぞれタイプの異なるキャラを操作して戦うという差別化が図られている。

剣や斧、さらに体当たりや飛び蹴り、動物を操る、魔法を使う。という多様な攻撃はアクションでありロールプレイングの要素もあります。デス・アダー軍の攻撃から逃げてきた人たちや、1面スタート時にメッセージが表示されたり、次のステージに行く途中で古い地図とストーリーが表示されたりと中世ヨーロッパ的な展開も多いけど、そのメッセージは英語表記で当時は正直ちんぷんかんぷんだったけどね。

ベルトスクロールアクションゲームに珍しい中世ヨーロッパを舞台とした世界観、メガドライブ版ではビギナーモードなる初心者向けモードもあるから、アーケード版を知らないユーザーへの配慮もあります。さらに対戦モードもありで、アーケード版にない要素が加わって非常にいいです。多くのハードにて移植されたくらい人気を博した本作だが、やはりメガドライブ版のイメージが強いです。

theme : レトロゲーム
genre : ゲーム

団体規制法

今から20年前の今日1999年12月7日に制定された無差別大量殺人行為を行った団体の規制に関する法律、いわゆる団体規制法は90年代に地下鉄サリン事件など多くのテロ事件を起こしたオウム真理教に対して政府は破壊活動防止法を適用しようとしたけど、1997年1月に公安によって請求棄却され法規制できない事実を突きつけられ、既存の破壊活動防止法に変わってオウム真理教を取り締まることを可能とする新しい法律が必要だとして、1999年12月7日に団体規制法が国会にて公布、施行されました。

現在この法はオウム真理教はイザ知らずその後継団体である「Aleph(アレフ)」「ひかりの輪」「山田らの集団」に対して適用しているけど、いずれも団体活動として無差別大量殺人行為を行ったことからそうなってます。

当初破壊活動防止法を適用してオウムを取り締まろうとしたけど、既存の破壊活動防止法で対処できないというのはあまりにも当時の日本がテロ対策に消極的だったとしか思えないが、あれだけ無差別テロを頻繁に起こすような集団を取り締まれないようじゃ日本の安全が脅かされるし、また海外で同様のテロを起こせば日本の国際的な信用にも関わるだけに、テロ対策上新たな法を作るべきだとして団体規制法は出来たというけど、オウム及びその後継団体をテロ組織に指定して取り締まろうという動きはあまりにも鈍いと思います。

破壊活動も厭わない集団を取り締まる目的の団体規制法、だったらオウム及びその後継団体だけじゃなく対レイシスト行動集団にも適用してはどうかと思うね。人権を傘にキレイごとを抜かして異論や反論に対しては過激な手段に訴えるような集団だから、取り締まりの対象にしてもいいくらいです。

theme : 法律全般
genre : 政治・経済

平成最初のドラフト

令和最初のドラフトは結構盛り上がったけど、平成最初のドラフトも結構盛り上がったことは有名です。何しろこの年のドラフトはその後好成績を残した選手が結構指名されたことで「大豊作」とも呼ばれています。令和最初のドラフトもまた後年そうなるよう願いたいところです。
そんなわけで今から30年前の今日1989年11月26日は、1989年度プロ野球ドラフト会議が行われた日です。

今から30年前の今日1989年11月26日に行われた1989年度プロ野球ドラフト会議、平成最初ということで会場がこれまで行われていたホテルグランドパレスではなく、赤坂プリンスホテルで午後4時から開始となり、この年からTVモニターが導入されて各球団指名された選手がそのモニターに表示されるという画期的なものでもありました。
この年のドラフトの目玉は新日鉄堺のエースでアマチュアナンバーワン投手であった野茂英雄や上宮高校のスラッガー・元木大介などに注目が集まり、どこが指名するのかにも注目が集まりました。

野茂を指名したのは8球団(ロッテ・大洋・日本ハム・阪神・ダイエー・ヤクルト・オリックス・近鉄)、これは1979年の岡田彰布、1985年の清原和博のもつ6球団からの指名を上回るものでしたが、抽選の結果近鉄が引き当てたのです。
一方もう一人の注目の的、元木はドラフト前から「巨人以外だったら嫌だ」と巨人入りを熱望したものの、その巨人が指名したのは慶応大学の4番打者で6大学きってのスラッガー・大森剛で(大森も巨人入りを熱望していた)、巨人に袖にされたのか、元木は会見の場で涙を見せたけど直後にダイエーが野茂の外れ1位で元木を指名して会場をアッと言わせました(翌年にダイエーの監督に就任することとなった田淵幸一が、自身巨人入りを熱望しながらそれが叶わず阪神に指名された経緯を持ち出して果敢に指名したと言われているが、元木の意思は変わらずダイエーからの指名を拒否してハワイで浪人生活、翌年のドラフトで巨人に1位指名された)。
さて、野茂や元木に注目が集まったけど、他にも1位指名されたのは潮崎哲也(西武)、佐々岡真司(広島)、佐々木主浩(大洋)、小宮山悟(ロッテ)、2位以下においても古田敦也(ヤクルト2位)、岩本勉(日本ハム2位)、井上一樹(中日2位)、石井浩郎(近鉄3位)、大塚光二(西武3位)、橋本武広(ダイエー3位)、前田智徳(広島4位)、新庄剛志(阪神5位)。など後年好成績を残した選手を輩出したことで、平成最初のドラフトは大豊作だったといえます。

大豊作だった反面、こんな残念な話題もあった。
それはヤクルトに3位指名された立教大学の黒須陽一郎がドラフト直前に「野球を捨てきれない」と当時ヤクルトの編成部調査役(スカウト)だった片岡宏雄氏に頼み込み、来年からチームを率いることとなった野村克也を説得してまで指名したものの、黒須が一転して指名を拒否するというどんでん返し、これに片岡氏は「キャプテンがこんな人物じゃと立教大学野球部と縁を切ってOB会も辞めた」と抗議の意を示した。野球を取るか社会人を取るか態度が二転三転するような人物は指名しないほうがいいという教訓と言える。

さてこの年をドラフトを評価すると(私なりの偏見だが)。
成功、広島・近鉄。
普通、中日・ヤクルト・阪神・西武。
微妙、大洋・日本ハム・ロッテ。
失敗、巨人・オリックス・ダイエー。
でしょうか?

theme : プロ野球
genre : スポーツ

かまぼこの日

本日11月15日はかまぼこの日でありますが、その由来はかまぼこが初めて文献に登場したのが1115年の祝宴の膳の図に描かれていたことから、その数字の並びである11月15日をかまぼこの日とすることを全国蒲鉾水産加工業協同組合連合会が制定したわけです。
またこの日は七五三でもあり、子供の成長を願う意味で紅白のかまぼこを供することもあり、ある意味奇遇と言えます。

私はかまぼこが結構好きでして、おせちなどそのまんまで食べることもあれば、そばやうどんの具として食べることもあり、食べ方は様々です。
素材そのまんまの味を楽しみたいなら「板わさ」だけど、わさび醤油をつけて食べるのが乙です。

笹かま(宮城)、さつま揚げ(鹿児島)、じゃこ天(愛媛)、などバリエーションは千差万別、なんか書いてるとかまぼこが食べたくなるなァ・・・。

theme : こんなお話
genre : ブログ

「土井の足」-日本シリーズ初の退場事件-

これは日本シリーズの歴史において欠かすことの出来ない事件と言えるし、この事件はまたビデオ判定導入の是非など様々な注目を集めたことでも有名です。この事件が起こったのは1969年の日本シリーズ、巨人阪急ブレーブスの組み合わせだったけど、この当時後年V9と呼ばれるほど圧倒的な強さと人気を誇っていた巨人に対して、新たなるパ・リーグの強豪となった阪急というカード、この試合はこのシリーズの運命を変えた大事件でもあったのです。そして日本シリーズの歴史において唯一となる退場事件が起こったことでも有名です。
そんなわけで今から50年前の今日1969年10月30日は、巨人対阪急の日本シリーズ第4戦が行われた日です。

1969年の日本シリーズはV4の巨人に対して3年連続でパ・リーグを制した阪急のカードだったけど、2年連続で2勝4敗で巨人に敗れている阪急にとっては雪辱を期したいところでした。初戦(西宮)は巨人に敗れるも、2戦目は勝利してタイに持ち込むも、後楽園球場に舞台を移した3戦目で敗れて巨人に流れが行くわけだが、迎えた第4戦、秋晴れの後楽園球場で行われた1969年10月30日のこと、試合は阪急がいきなり優位に立ちます。2回表に後の「ミスターブレーブス」こと長池徳士が先制ホームランを放つと、3回には阪本敏三のタイムリーで追加点、4回には石井晶がソロホームランを放ってこの時点で3-0と巨人をリード、阪急優位でこのイニングの裏を迎えるわけだが・・・!!

その裏に1、3塁のピンチを招いた阪急ナイン、阪急の先発ピッチャー・宮本幸信が投げたボールをバッター・長嶋茂雄が空振りしたその時!!
1塁ランナー・王貞治が盗塁を敢行し、これを阪急のキャッチャー・岡村浩二はセカンドに送球するわけだが、このタイミングで三塁ランナー・土井正三がホームへと盗塁!! 意表を突くダブルスチールに阪急は驚くもセカンド・山口富士雄は直ちにホームの岡村へと送球!! 岡村はブロックを仕掛けて土井のホームインを阻止しようとした!! クロスプレー!! 小柄な土井は吹っ飛び岡村のブロックが成功して誰しもがアウトだと思ったその時だった!! 下った判定は信じられないものでした。
「セーフ!」
主審・岡田功が両手を思いっきり開いてセーフの判定!!(この時岡田の目には土井の左足が岡村のブロックの隙間からホームベースを踏んでいると写った) これに当然岡村は怒る!!
「ブロックしてるじゃないか!! どう見てもアウトだ!!」と岡田に食ってかかると、キャッチャーミットで岡田を殴る!! 当然審判への暴力行為で退場となるわけだが、岡村の主張が正しいと見る阪急ナインもベンチを飛び出して岡田に詰め寄る!! 当然ながら西本幸雄監督も加わるのだった。
西本監督は岡田に詰め寄って「巨人の味方か!?」と吐き捨てて胸を小突くなど、球場は騒然となった(ちなみに岡田を小突いた西本監督は退場とならなかったが、これについて岡田は事態悪化を招くという理由で西本監督を退場としなかった)。3塁側スタンド(阪急側)からも当然怒号が飛んだ。ここがもし西宮球場だったら大変なことになってたでしょうね。

この裏は土井のホームスチールが影響、岡村が退場となったことで宮本は動揺して巨人打線に捕まって6点も取られる有様、完全に巨人優位ムードとなって阪急はジワジワ点を取られるのだが(最終的なスコアは4-9)、阪急ナインやファンにとって巨人ではなく岡田に敵意を剥き出しにして「巨人からいくら貰ってんだ!!」と野次を飛ばしたり、途中からマスクを被ったキャッチャーからは報復としてピッチャーからの球を取らず岡田にぶつけるという行為に及ぶわけだが、今となっては考えられない行為です。今それをやったら厳重処分は避けられない。

試合後に西本監督は「巨人の選手が見逃せばボール、ホームをつけばセーフとなるのか? 考えられない!! あれがセ・リーグを代表する審判か!?」と岡田を名指しして露骨な不快感を露わにしたが、阪急にとって見れば考えられないというか腹の虫がおさまらない試合だったことは間違いないです。
一方の岡田だが、試合後マスコミから一斉にあのジャッジについて質問が殺到するわ、その後この試合を観戦していたセ・パ両リーグ会長、巨人・阪急両球団の代表、さらにコミッショナーがいる応接室に呼ばれてあのジャッジについて槍玉に挙げられるわ、ボールを三塁側に転がすという行為に及んだことを厳しく叱責されるわで、完全なる誤審、日本シリーズという場で信じられないミスをやらかしたことで世論から不審感というか白眼視される状態となったのでした。

失意のまま岡田は自宅へと帰ったものの、ニュースのスポーツコーナーでは問題のクロスプレイや退場シーンばかりクローズアップされて土井の足がホームを踏んだシーンは全く流れなくて落胆、辞表を覚悟したその時だった!!
報知新聞の記者だった近藤唯之から電話が入り「あなたのジャッジ通りの写真が出てきた」との知らせが出たことで岡田を取り巻く空気は一転したのです。
翌日の各新聞は土井の左足が岡村の両足の間をかいくぐってホームベースを踏む様子の写真が大々的に掲載されて、前日あれだけ非難していた世論は一転して岡田を称賛したのです。一方阪急は「あの写真はインチキだ」と真っ向から反論したが。

これがきっかけとなってこのシリーズでまた巨人に2勝4敗で敗れた阪急、西宮球場で行われた第6戦ではその岡田がライト側線審だったことから、阪急ファンから罵声及び物を投げつけられたのだった。あの試合翌日の新聞でジャッジの正当性が認められながらも、阪急ファンにすれば「あれは絶対アウト」「いくらそのジャッジが正しかったとはいえ岡田は許せない」と譲らなかったところがあったと思うね。
当事者でもある岡村は後年「あれは今でもアウトだと思っている、長年プロで活躍したのにあの場面ばかり流れるのは非常に残念だ」と言っているように。この年は野村克也(南海)を抑えてベストナインに選ばれるなどキャリアハイの成績を残したものの、同年の日本シリーズで退場処分を受けたこともあり、変なところで記憶に残る選手となってしまったのは何とも皮肉である。

問題となったクロスプレイだが、後年になってコリジョンルールが適用されたり、微妙な判定についてはリクエスト制度が導入されるなど状況は変わりつつあるけど、当時はまだそんなルールなど夢のまた夢だったと思うと、時代を感じます・・・。阪急についてはもう一つ、日本シリーズにおいて微妙な判定でとんでもない事態を引き起こすことをこのシリーズの9年後にやらかしてしまいます・・・。これについては → 1時間19分の猛抗議

theme : 日本シリーズ
genre : スポーツ

円城寺 あれがボールか 秋の空

この出来事は日本シリーズの歴史において流れを変えたシーンであり、また昭和の日本シリーズにおける重大事件としてもつとに有名です。
それが起こったのは今から58年前の1961年に行われた日本シリーズ、巨人南海ホークスの組み合わせとなったこの対決は、当時を知る世代にとって記憶に残るものと言えます。勝利を確信したウイニングショットだったのに球審が下した判定は残酷なものでした。
そんなわけで今から58年前の今日1961年10月29日は、巨人対南海の日本シリーズ第4戦が行われた日です。

1961年、巨人と南海の対戦となったこの年の日本シリーズ、南海はこの年エースとして活躍した外国人投手ジョー・スタンカや4番バッターとして頭角を現してきた野村克也を中心に他球団を圧倒して優勝、2年前と同じく巨人と日本シリーズで相まみえることとなったが、この年の日本シリーズで存在感を示したのはスタンカでした。

第1戦はスタンカが巨人打線を封じて完封勝ちを収めたが、第2、3戦は巨人が反撃して2連勝と巨人優位で迎えた第4戦、1961年10月29日に巨人の本拠地・後楽園球場で行われたこの試合は2回表に南海が杉山公平のホームランで先制すると、3回裏に先発の森中千香良が巨人打線の反撃にあい逆転されるという展開で試合はトントン進んで9回表に入るわけだが、その9回表に広瀬叔功が2ランホームランで逆転、南海にとって土壇場で逆転したことで勝利を確信したのだったが・・・!!
迎えた9回裏、南海は皆川睦雄から祓川正敏に交代したが、その祓川は先頭バッターにフォアボールを与えたことで鶴岡一人監督は祓川を諦めてスタンカを投入したのでした!!
第1戦で完封勝利を挙げているスタンカをリリーフとして投入したことで、南海にすれば勝ちを確信したはずだったのだが・・・!?

スタンカは迎えたバッターを2者連続で仕留めて2アウト、しかし続くバッター(藤尾茂)をファーストフライに打ち取ったものの・・・!? 何とファースト・寺田陽介がまさかの落球! これが影響したのか続くバッター・長嶋茂雄に三塁内野安打を許して2アウト満塁、一気に逆転負けのピンチを招くのでした・・・。考えてみれば、寺田が藤尾の凡フライを落球したことが最悪のシナリオの発端だったと思う・・・。
そして迎えたバッターは宮本敏雄、スタンカは宮本を2-1と追い込んで、4球目、野村はスタンカに対して外角低めのフォークを要求し、この球で決めるとスタンカが自身を持って投じた投球は計算通り外角低めへと決まり、宮本のバットは動かず、誰しもが見逃し三振ゲームセットと思い、野村はゲームセットを確信して飛び上がったその時だった!!
「ボール!」
球審・円城寺満が下した判定は無情にもボールの判定、南海にとっては残酷な、巨人にとっては命拾いしたかのような状況となったけど、当然南海ナインは納得が行かず、野村は「どこがボールなんや!」と怒り心頭、ベンチから選手全員が飛び出して円城寺を囲い込んで抗議、そしてスタンカは鬼の形相で円城寺に詰め寄って抗議するのだが、判定は変わらず・・・。今だったらリクエストの対象になってたんだろうか・・・?

南海の勝ちが確信したはずなのにまさかのボール判定、ただこれでスタンカは冷静さを欠いてしまったのか、その宮本にライト前タイムリーヒットを浴びて逆転サヨナラ負け、南海にとって後味の悪すぎる試合となった。
この時スタンカが取った行動は、野村のカバーに入ると見せかけて円城寺に体当りするという報復行為に及び、吹っ飛んだ円城寺は秋空を見上げたままセーフの判定を下すという一幕もあった。

試合後スタンカは「あの審判(円城寺)は目が悪いのか!? それとも巨人の味方か!?」と怒り心頭だったけど、鶴岡監督や野村などは「絶対ストライクや、あの審判おかしいんと違うか」って批判したかどうかは定かではないけど、この一球がこのシリーズの流れを大きく変えてしまうきっかけとなったのは言うまでもなかった・・・。
続く5戦目に先発したスタンカは腹の虫がおさまらないのか、宮本に頭部スレスレのビーンボールを投げると言う行為に及び、警察が導入されるくらいのピリピリムードとなってしまい、ただならぬ雰囲気となったけどスタンカはこの試合で完投勝利して望みをつなぐも、第6戦で延長戦までもつれ込む接戦となるも力尽きて南海は敗れたわけだが、この一球がもたらした影響、シリーズの流れを大いに変えることとなったけど、このシリーズで5試合投げて2勝を挙げたスタンカは敢闘賞に選ばれたのだった。

ただこの試合を見ていたある商社マンが「円城寺 あれかボールか 秋の空」としたためた一句を残し、後年引退してアメリカに帰国したスタンカに送ったけど、それが書かれた色紙は実業家に転身したスタンカのオフィスに大事に飾られている。そのスタンカは昨年10月に亡くなったが、阪神に在籍したジーン・バッキーと並んでオールドファンにとって記憶に残る名外国人投手としてその名を残しています。

南海にとって最悪といえるこのシリーズ第4戦、誤審とも呼ぶべきエピソードとして有名だけど、この舞台が後楽園ではなく南海の本拠地・大阪球場だったら相当な暴動に発展しておかしくないレベルかも知れません。
そして日本シリーズの歴史において一つのジャッジがこれほどまでに波紋を呼ぶこととなるのはこのシリーズの8年後にも繰り返されます。これも巨人が絡んでいるんだよなァ・・・!?

theme : 日本シリーズ
genre : スポーツ

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アジシオ次郎

Author:アジシオ次郎
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